見出し画像

仕事カフェ とらばーゆ(2004)─働く女性を癒した期間限定カフェ”の記憶

仕事場の記憶 Vol.3


このシリーズは、私が長年立ち続けてきた“現場”の記憶です。
変化の激しい時代の中で、自分がこれまでどんな現場に立ち、どんな熱狂を作ってきた人間なのか。その足跡を具体的に残すために、この「仕事場の記憶」を綴っています。
光と音の温度、人の表情、空気の重さ――言葉では残らないものを記録しています。


2004年、働く女性たちの「居場所」をつくる


2004年9月から11月にかけて、東京・青山に現れたカフェ。
スマートフォンはまだ存在せず、SNSもクローズドな状態だった頃。
「仕事」と「自分らしさ」をどう両立するか──そんな問いが社会に芽生え始めていた。

求人メディア『とらばーゆ』が、紙からデジタルへと移行し始めた時代。
彼女たちの本音をすくい取る場所は、まだどこにもなかった。

そんな中、リクルートが挑戦したのが、
**“リアル空間で女性の心をあたためる”**という、異色のプロモーション。
その名も――「とらばー湯」。
テーマは「転職する自由」


「とらばーゆ」ではなく「とらばー湯」


銭湯を模したカフェを期間限定で開く。
企画・クリエイティブディレクションはNikeの広告で知られるWieden+Kennedy Tokyo。
その柔軟な発想から、すべてが始まった。

銭湯をモチーフにしたカフェ。
名付けて「仕事カフェ とらばーゆ」。

湯けむりの向こうに笑い声が響くような、
そんな場所を、青山の一角につくることにした。

仕事カフェ「とらばーゆ」外観


青山の街に現れた“銭湯”


ファッションブランドが立ち並ぶ通りに、突如現れた煙突と“のれん”。
街の空気に、柔らかな違和感が漂う。

のれんをくぐると、左右に分かれた二つの入口。
奥の中央には少し高くなった“番台”があり、スタッフが笑顔で迎える。

仕事カフェ「とらばーゆ」店内

壁には、大きな富士山の絵
湯気を思わせる照明が、タイル張りの白壁にやわらかく反射する。
木桶をモチーフにしたテーブル、ロッカー風の収納棚、
床に敷かれた格子模様のマット。
BGMにはピアノを使った環境音楽を流した。

客は番台で食券を購入し、カウンターへ。
ドリンクや軽食が手渡されるたび、
小さな会話と笑いが生まれ、カフェ全体が湯気のようなぬくもりで満たされていった。


「求人誌が求人を出す」──番台の裏側


スタッフは、同じリクルート社の『From A』で募集した本物のアルバイトたち。
そして、“番頭”と“副番頭”という肩書きを持つイベントのプロを管理役として配置した。

彼らは、毎日、来店する人々を温かく迎えた。
番台に座るスタッフの笑顔がこの空間の“照明”でもあった。
日ごとに違うチームが交代しながらも、場の温度は常にあたたかかった。

スタッフ事前研修風景


求人誌が、実際の“働く場”をつくる。
その矛盾にも似た面白さに、プロジェクトチームの誰もが心を躍らせていた。

ここでは、仕事の肩書きも、年齢も関係ない。
ただ“場”を共有することで、
人と人が自然に笑顔になっていった。


湯気のように立ちのぼる会話

カフェ内では、働く女性たちのためのトークショーやイベントが行われた。
夜になると、番台が小さなステージに変わり、
俳優やエッセイストが“仕事”や“生き方”を語る。

番台をステージに変えたトークショーの様子

時には落語家による高座、映画の試写会、そして求人セミナーも行われた。

求人セミナーの様子

ときに笑い、ときに涙する。
観客と登壇者の距離は近く、
そこに生まれる温度が、まさに「湯気」のようだった。

フード&ドリンクカウンター
店内に貼られたメニューボード


男性客も訪れた「女性の場所」


「とらばーゆ」という名から、女性専用と思われがちだったが、
実際には男性客も多く訪れた。
仕事帰りにふらりと立ち寄り、
誰かの話に耳を傾ける。

“働く”という共通項の中で、
性別を越えて人がつながっていった。


湯気が消えたあとに残ったもの


3ヶ月の会期を終え、建物は静かに解体された。
富士山の絵が外され、煙突のオレンジ色が青山の夜から消えたとき、
スタッフたちは寂しそうだった。
「期間限定」とわかってはいたけれど、
富士山の絵が取り外される瞬間、誰もが現実を実感した。

けれど、その温かさは、確かに人の中に残った。
働く人の心をやさしく包み、
“仕事”の中に“人間らしさ”を取り戻す場。

それが、「仕事カフェ とらばーゆ」だった。

解体中の建物


いま振り返ると


このプロジェクトは、リクルートという企業にとっても、
自らの存在意義を問い直す機会だった。

求人情報を“届ける”から、“体験させる”へ。
働くことを、リアルな温度で感じさせる場所。

当時の編集長とW+Kの英断があって実現された。

私にとっても、「空間演出とは、人の感情を照らすこと」
という原点を再確認させてくれた現場だった。


もし、
企画や台本が固まりきらないまま
立ち止まっている感覚
があれば、
下記の記事に考え方をまとめています。
「企画や台本が固まりきらないまま、立ち止まっている方へ」


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

光と音の交差点で生まれた、
小さな“現場の記憶”を残しています。

「スキ」や「フォロー」で、
次の現場へ灯りをつないでください。


✒筆者関連シリーズ


前の記事:Vol.2|NIKE ONE FOOT(2007年)
次の記事:Vol.4|銀座100周年プロジェクト(2019年)


いいなと思ったら応援しよう!

浅川幸三 | クリエイティブプロデューサー 共感でも、違和感でも。 何かが残ったなら、それで本望です。 サポートは次の一行のために。

この記事が参加している募集