ジャニーズとは違うベクトルでトンチキなハロプロ。
方向性が違うだけで両方おかしな何かはあるんですよ。
そこが好きだからどちらも好きで応援してるんですが。
やたらと舞台やってるとか共通点多いですし。
(老舗芸能事務所は自社興行としてアイドルに舞台やらせるものなんでしょうか。ハロプロに関してはあくまでもつんくの考えであり事務所の考えではないですが、歌やダンスといったもの以外のものにも触れる機会を増やし、将来的にはどうなりたいか、どういう仕事をしたいか、といったことをきちんと考えられる幅や経験をしておく方が良い。歌手の芸能活動はルーティーンワーク化していくので新しい経験や刺激は多い方が良いとは話していました。話は逸れますがそういえばアイドルグループ主演の映画を大々的にやってたのってモーニング娘。、SPEEDあたりでギリギリですね。嵐になると「とりあえず主演映画を」とやった一作目はコケてました。とりあえず映画やるものだったんですよね、それまでは)
怪しげな宗教もしくは儀式的ななにか過ぎてヤバい。
ただやりたいことや狙いはわかるんですよ。
フルアルバムの〆としてこの曲は発表されていて、そのフルアルバムを引っ提げてのツアーのラストに披露されたんですね。
「コンサートの〆にメンバーからのメッセージを届ける曲として、曲のほとんどが台詞の曲を歌う(?)」は斬新というか、狙いや作りはむしろ良かったと思うんです。
メンバーそれぞれにギリ言ってくれそうだったり、言いそうになかったり、そもそもファンへのメッセージなのかどうか疑問だったりしますが、なんかよくわからない「♪ヤヤーンヤーヤー」みたいなコーラス(?)みたいなものが流れながらの長過ぎる間奏の中でひとりずつ言っていき、吉澤ひとみが強いビジュアルとやりきる力で強引に〆るというストロングスタイルでカオスを静めて退場していくという。
〆はリーダーがやるということにして、メンバー紹介ソング的な使われ方で長年歌い継がれてる「女子かしまし物語」みたいな感じになっても良かった気もしますが、普通にメンバーの挨拶を聞きたいですよね。
この曲、盛り上がりづらいですし、かといって〆曲として心に染みるタイプのものでもないですし。
面妖な曲調や歌詞、ダンスを披露し始めたとたん、延々と台詞を聴かされるだけといえばだけですから。
最後の最後でカタルシスをくれる吉澤ひとみが居なければ見てられない、聞いてられないことになってた可能性は高いです。
ただ遊べる幅、歌詞や台詞を変えて使い回せる強度、化ける可能性もあった曲な気もしますね。
ホントに歌詞は良いし、メンバーも可愛い。
ただずっと不穏な空気を漂わせてたり、木魚のような音が鳴り始めたり、ビヨーンで終わったり、奇怪な点は多いです。
まだビヨーンは言いたいことというか、示唆したいことみたいなものは歌詞から分かるのですが、もっと明るい雰囲気にしても良かったのではと。
(ベリは「私の未来のだんな様」とか曲の内容やメロディラインとうらはらにやけに不穏な空気感の曲ありがち)
物凄く平たくいうなら「前向きソング」であるこの曲で、やけに不穏な空気づくりをした上で木魚鳴らし始めるのホントによくわからない。
木魚鳴り始めるから印象深いはあるんですが。
五木ひろしの曲のカヴァーなので「Ⅱ」となっており、歌詞も変わっています。
余談ですが、カヴァーである℃-uteヴァージョンの方が五木ひろしのオリジナルヴァージョンより先にリリースされています。
カヴァーとは何なのかを考えざるをえません。
ちなみに。
作詞:吉岡治
作曲:宇崎竜童
編曲:川端良征
という流石の大御所と思わされる豪華楽曲制作陣で作詞の吉岡先生は「真っ赤な太陽」(美空ひばり)「命くれない」(瀬川瑛子)「天城越え」(石川さゆり)などを書いた方です。
間違いなくビッグネームの書いている曲であり、良い曲は良い曲なのですが、℃-uteというアイドルグループの曲として聞きたいかどうかは別問題です。
急に「新曲! 江戸の手鞠唄Ⅱ !!」とお知らせされて「♪ひーやー ふーやー」とそれまでの流れをぶった斬る歌謡曲を見聞きすることになる困惑。
メンバーが5人になってこれまでの曲を再録したベストアルバムに収録された鈴木愛理ソロ曲として生まれ変わった「江戸の手鞠唄Ⅱ」は大好きです。
愛理が何かから解き放たれたというか、デビューしてからずーっとぶつかってた壁を突き破れたというか。
それを感じることが出来たのがこのソロ歌唱で。
愛理の歌はそりゃ上手いとは思ってたけど、好きになったのはこの曲での歌いぶりで。
正直、初めて「良い」と思った。
