「もう、帰るよっ!」〜おしゃべりな4人組と不思議な旅に出た
私は背負っているリュックを下ろし、新幹線の座席に座った。リュックはそのまま膝の上に置く。ここから4時間、私たちはずんずん西へ進んでいくのだ。
「あと3時間半かぁ。ちょっと長いなぁ、知ってたけど。」
——独り言のつもりだった。
乗車して30分でお弁当を食べ終えてしまった。あとは何をして過ごそうかと、ぼんやり考える。
「もう、帰るよっ!」
またいつもの口癖を聞いたような気がして、膝の上のリュックをそっと前後に揺らした。今日は、いつもの初期メンバーのゾウ太、ココ、チー太、ピョンの4人組も一緒の旅だ。
満たされたおなかと、4人組と一緒の「いつもどおり」が心地良い。リュックをかかえて寝たり起きたりを、しばらく繰り返していたと思う。
ゾウ太と出会ったのは、池袋のハンズ。
20年以上前のことで、出会った時期は正確には覚えていない。特別ゾウが好きだったわけではないが、頭にフックピンを付けられて吊るされている姿がとても可哀想に見えた。2体あるうちの1体を1000円くらいで買ったハンドパペットだ。実は、足も動かせることに後日気づく。手足を動かしながら、私が「ふぇ?」と鼻声で喋らせてみた。その途端に可哀想だったゾウが、おかしくてかわいいゾウに変わっていった。
ココとの出会いは、渋谷のハンズ。
ゾウ太がうちに来てまもなくのことだ。ゾウ太の友達を探せとばかりに、都内のハンズを3か所巡った。やっと出会えた茶色いコグマだ。(展示の仕方はゾウ太とは違い、体がくったりしないように工夫がされていてた。手の代わりになるようなアーチ型の棒にささって。)
その時の動物のパペットは、数種類いたと思う。ゾウ太と同じメーカーで、私が手をはめてみてしっくりきたものを買った。クマにしては目が大きく、どこか私に似ている。だから少しだけ、おばちゃんみたいな声だ。
そこから、我が家の動物園計画が始まったのだ。ハンドパペットといえども、ゾウとクマと仲良くなるには、かなり強くなくてはいけないだろう。
そう考えて、チーターを選んだ。ハンズではなく、上野動物園だ。
2人とは違い、チー太はココより5cmほど大きく、しっぽがある。野生のチーターは素早い動きだが、喋り声をミッキーマウスをゆったりさせた感じにしてしまった。穏やかなチー太、いい感じだ。
ピョンとの出会いは、富士サファリパーク。
ハンドパペットを探しに行くことも目的のひとつだった。でも、いないのだ。普通のぬいぐるみばかりでがっかりしたが、売店の隅にいたのが、薄茶色のうさぎだった。タグを見たら、ゾウ太、ココと同じメーカーで、運命の出会いに口元が緩んだ。
あれあれ、もう声色が私にはない。残念だがちょうどいい声が残っていないので、とりあえず甲高い声で「うーさ、うさ」と喋ってもらっている、ピョンなのである。性別は決めていない。
空飛ぶ電車〜広島の路面電車を見る
私は背負っているリュックを、「トントン」と下から軽くたたいて、動き出すことを合図した。降り立ったのは広島駅。旅の始まりはどんな景色に出会えるだろうと、ワクワクする。けれども2日後には終わることも分かっていて、心のどこかに切ない気持ちもある。
この気持ちは、リュックの中にも届いているのだろうか。
午後4時の広島駅。「のぞみ」で冷えた体には、モワッとした夕刻の空気がちょうどいい。改札内は外国の方が目立ち、私たちはその波にのまれた。
電車好きのゾウ太に、路面電車を見せたい。まずはそう思った。
新幹線の改札から数分歩いたところにある路面電車のホームで、リュックを前側に回した。「ゾウ太、路面電車だよ」と話しかける。路面電車はまるで空中を走るように、駅ビルへ入っていく姿がドラマチックなのだ。ゾウ太たちとはるばる広島まで来れたうれしさで、涙腺が緩む。だがここで泣くものかと、ゾウ太を左手にスッとはめて写真を撮った。夫は「ずいぶん、堂々と……」と呆れていたが、最近は、ぬい撮りに寛容になったのではないだろうか。

この時ゾウ太は、そう言いたかったに違いない
移動で疲れた4人組をホテルに置き、私と夫は、広島駅ビルの探検をしに出掛けた。広島のお好み焼きは、ぜひ食べておきたい。場所は、「みっちゃん総本店」にした。


その晩は早めに横になったが、ちょっとしたプレッシャーもあり、寝付きが悪かった。
列車から見えた海〜観光列車「はなあかり」に乗る
この日の始めは、広島から岩国まで約1時間のひとときを楽しむ。「はなあかり」は、西日本で期間限定で運行している観光列車だ。
もちろん4人組も連れてきた。半個室のような落ち着ける座席を選んだので、気兼ねなく楽しめると思った。
おや?
アテンダントさんがいることに驚く。私は完全な計画ミスであることに気づき、周りをキョロキョロとし始めた。
乗車してまもなく、アテンダントさんからノベルティをいただいた。ひと駅過ぎた頃また「お写真はどうですか?」と声がかかる。写真を撮ってもらったりと、気持ちが落ち着かないまま、列車は進んでいく。
その頃リュックのなかでは、ヒソヒソ話が始まっていた。
ゾウ太:「ココさん、いつ外が見られるのかなあ」
ココ:「ゾウ太だけ、もう出ちゃいなよ」
ゾウ太:「えっ、ゾウ太1人じゃ出られないよ」
ココ:「うひゃひゃ、しらんがな」
コラコラ。2人とも静かに!
お出かけ中はお喋り禁止って言ったよね、と私は2人をじっと見つめて話を止めさせた、というのは冗談だ。きっと車内でなければ、私は会話をさせていただろう。今日は、無口で偉いのだ。チー太とピョンはいつも「うん、うん」と、2人の会話を静かに聞いている。
景色が見られるように、4人組を座らせてみた。時間は1時間と限られているし、流れる景色と一緒に撮るのは難しい。近くの席からは、「おー海が見えてきた、いいねぇ」と男性の明るい声が聞こえてきた。そのとき私は、4人組を喋らせたい気持ちでいっぱいだったが、小さなカメラに集中した。手元がブレないように慎重に。

「海だ、きれいだね」と私はつぶやく
優雅な列車にくたくたな4人組が妙にミスマッチでおかしかったが、皆とても喜んでいるようだった。
もうすぐ岩国に着く。私は皆の点呼をとった。
推しと同じ場所で写真を撮りたい〜錦帯橋を渡ってみる
山口には、ココの推しぬい(大好きなぬいぐるみ)のシロクマの女の子がいる。もちろん、ハンドパペットだ。白熊に憧れる茶熊。こんな設定になったのか理由は忘れてしまったが、私もその子の投稿のチェックは欠かさない。
その推しの子と同じ場所で写真が撮りたいという熱い想いで、錦帯橋を訪れた。昨年、山口を観光したときに行けなかった名所でもある。今回はぜひ行きたいと思ったのだ。
岩国は、見渡す限り緑が濃い。何度も深呼吸したくなる場所だ。橋の上には団体客が数組いて、少し混雑していた。写真は撮れないことはなかったが、推しの写真は橋を渡った対岸のほうだったので、そこで落ち着いてココを出した。


ココの満足そうな顔の写真が撮れたので、岩国での私の仕事は、終わったようなもの。
もう帰りたいココに、「ダンボールで(宅配で)先に帰るか?」と夫は冗談を言っていた。
そのあと、ロープウェイに乗り岩国城まで行ってみた。撮った写真は風景などで、ぬい撮りはまったくしていない。日傘をさしていて手がふさがっていたからと、言い訳をしておこう。

帰る日の朝〜いつもの場所に戻りたい
「もう、帰るよっ!」起きてすぐ、ココが言ってきた。
行きの新幹線で聞いたときは「また口癖か」くらいに聞き流していた。
それなのに今は「もう、旅は終わるのだ」と、頭のなかで変換されてしまう。たった2泊だったが、たくさん思い出ができた。部屋の窓から見下ろした路面電車とも、お別れなのだ。
そのあと、チー太とピョンはココに優しく声をかけ、ゾウ太は普通のことを普通に言うのが決まりだ。そして私は、朝から4人分しゃべったガラガラの喉を潤すように、水をゴクゴク飲む。
チー太:「ココさん、もうすぐおうちに帰れるよ」
ピョン:「ココさん、おうち、うさ」
ゾウ太:「えっ、帰るの?」
ココ:「だから、もう帰るっていってんの!」
考えてみれば、「もう」は私の口癖で、何かにつけて「もう」をつけてしまう。もう、ココの口癖でもあるが。
おおざっぱで、でも細やかなココ。のんびりで真面目なゾウ太。私が喉を痛めたら無口になるし、機嫌がいい時は鼻歌を歌う。皆、私の鏡なのだ。


旅の終わりは、「いつもどおり」に戻ること。
それを望んでいるのは、私自身なのかもしれない。
旅は好きだ。でも気持ちが動くほど、「いつもの心」が揺れてしまう。帰宅後に旅疲れが長引き、回復に時間がかかることはよくあることだ。
また出掛けたい――いつか別れが来るかもしれない4人組との、記憶を残しておくために。
他人から見たら、様子のおかしい人に見えるかもしれない。それでも、私を長い間見守ってくれている仲間たちに、変わりはないのだ。
「さあ、みんな帰るよ!」
私はふたたび、背負ったリュックを「トントン」とたたいた。
帰りの新幹線は、とても静かだ。私が疲れて寝てしまったせいだろう。
もうすぐ東京駅に着く。点呼をとりながら、「今度はどこへ行きたい?」と、私は4人組に気持ちを送った。
行き先を決めてもらおうパペットにまた歩こうかリュックを背負って
あとがき
今回のぬい撮り旅の相棒は、富士フイルムのinstax Palにした。ファインダーがないカメラで、どんな写真が残せるだろう。ここぞというときは、スマホからリモート撮影をしてもいいかもしれない、と私なりにいいアイデアが出た。
ピントを合わせて撮ったスマホの写真よりも、4人組たちと過ごす時間は曖昧だが温かい。このカメラの風合いにとても合っていた。
現実を少しだけ優しくしてくれる写り具合は、私とゾウ太たちの境目のようだ。白と黒ではなく、ゾウ太グレーと言っておこう。
巷ではぬいぐるみのことを布製家族と呼んでいるが、それでもいいと思っている。これからも私は、ハンドパペットの一員として静かに暮らしていきたい。

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「ふうっ」と一息つく時間に、お茶を一杯ごちそうする気持ちで。