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Vulnerable Memories 3

微表       美少年     


写真の出典:出典:https://gigazine.net/news/20160417-sea-nomad-children


ぼくたち家族は、(かつて)本当の家族であったとき、夏の海で喚声を上げながら泳ぐひとたちが、輝きわたるエメラルドブルーの海水を、みなで共有しているように、ともにあった。しかし、いまや、潮は引き、きらめき輝くその流動体も雲散蒸発し、ぼくたちはバラバラになって取り残された。いや、正確には、ぼく一人だけが、瞬く間に引いていく海水から取り残され、浜辺でぼう然としたまま、立ち尽くしている。ぼくは潮の満ち引きが、かくも迅速であることを、うっかり忘れていたのだ。

なぜ、息子は、娘は、妻は、「パパ、そこに居たらもうじき潮が引いて、ぼくたちと一緒に水遊びが出来なくなるよ! 早くこっちにおいで」と声をかけてくれなかったのだろう? 

思うに、彼らは、高速道路を走っているとき、道の脇にうち捨てられた動物の死骸のように、ぼくを、実のところ、見ていたに違いない。離婚した妻が連れて行った娘の部屋に残されていたノートの切れ端には、こう書かれていた。「汚い。臭い。まるで乞食のよう。こんな人が父親だなんて、わたしはもう死にたい。ママ、早くパパと離婚して」

こんなメモ書きを読んで、死にたくなるのはぼくのほうだ。「違う、そうじゃない、パパはね、本当は、天才なんだ」と真顔で子どもたちにぼくはよく話しかけたものだった。すると、二人はきまって堰を切ったように笑い転げるのだった。何が可笑しい? パパは天才なんだ・・・・、嘘じゃない。

ぼくは一人浜辺に座って、燦めきながら過去に過ぎ去っていく映像の数々を思い出す。ぼくたちの軽井沢の家の近くには、湖があって、ぼくは、そこにネッシーのような恐竜が生息している、と、まだ二歳の息子にいつも語っていたが、いつまでも、恐竜が姿を見せないことに苛立った息子が「本当は嘘なんだよね、パパ!」と「パパ」の部分にアクセントを置いて言ったとき、「いや、生息する恐竜の大きさは、小指の先くらいなんだ」と答えたときの、息子のその驚いた顔が浮かんできたかと思うと、長女が一日の始めに、今日はどんな遊びをしよう、と、考えるとき、きまって芝生の前の家の前に立って、コンクリートの基礎を、リズミカルに後ろ蹴りしているときの姿、妻が手の込んだ料理を作っているときの、惚れ惚れするような集中力すら、いまでもぼくはくっきりと感じ取ることができるのだった。

しかし、彼らと暮らしていた幸せな間、ぼくは、もっとはるかに重要である何かを見落としてきたのではないか。なにかを、つまり、幸せな子ども時代に、愛していた人物たちが、天に召されたのち、はじめてその彼らの愛情が露わになるような、はじめて、その恩恵が悟れるような、最も重要で大切ななにかを、ずっと見落としてきたのではないか。

浜辺では、チラチラと空中放電がはじまっていて、暗色の雲が遠方の空に見えていた。雨がいまにも降り出しそうだ。やがて、稲妻が、遠雷が、落雷が、雲から降り注ぐ豪雨とともに、ぼくを襲ってくるだろう。そうだ、あの、遠くに見える暗黒の、よるべもなく、ぽつねんとした暗雲こそは、やがてぼくの人生を冷たく包み込む、天涯孤独なぼくの未来の微表なのだ。


        美少年  

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