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27歳、転職7回。12年間もがき苦しみ見つけた中卒の僕でも輝ける場所。

こんにちは、濱田です。

今までの人生を振り返り。紆余曲折、色んな事がありました。

現在は株式会社蕾という2期目のベンチャー企業の創業メンバーで、販売コーチ統括を務めながら、良き仲間とクライアント様に恵まれ、毎日感謝して眠りにつき希望と共に目覚め没頭できる日々を送っています。

このnoteは

・学歴コンプレックスで将来を諦めかけている人
・高学歴でも将来に不安を抱えモヤモヤした日々を過ごしている人
・日常に刺激がなくマンネリ化した日々を送って燻っている人

どうにか挽回したいけど、⽷⼝が⾒つからずもがいている状況を少しでも解決することを願って書いたものです。

改めて、中卒の元料理⼈、無⼀⽂から叩き上げてきたこれまでを簡単に。

【濱⽥幸⼠郎】

  • 佐賀県の⽥舎で料理⼈として15歳からキャリアスタート(学歴:中卒)

  • その後営業の世界に⾶び込み、年収400%UP

  • 中卒ながら楽天グループで業務をし取引先の売上作対⽐500%UP

⽣まれも育ちも普通以下。
中卒、⾦ナシ、ツテもナシ。
それでも、“⾃分なら絶対成功できる”って気持ちだけはあった。

30歳までには会社経営、年収3000万以上、周りからチヤホヤされて必要とされている

そんな状態をつくる。将来BIGになる。
と⼤志を抱き、無⼀⽂の状態から東京に出てきたが、上⼿く⾏かない⽇々の連続。

⻭⾞が合い始め上⼿くいく様になったのは、ここ6ヶ⽉程の話。

⾃分の⼈⽣を変えたのは、「⼈との出会い」だった。

俺は学歴などなく、実家も貧乏。
中卒職⼈で⼿取り6万からのスタート。
「学歴なし、⾦なし、知識なし」 の三拍⼦でした。

さあ、濱田の地獄の27年間をご覧ください。


これは、すべて社会人になってから経験した事。

2017年【社会⼈5年⽬】ボロ雑巾時代

キャリーバックと⽚道切符だけを握り締め上京。

何もない場所で⾃分で切り開いていくんだと⼤志を抱き東京に出てきた。

中卒だから就職先もすぐ決まらず1ヶ⽉間は歌舞伎町でバイトをしながら、家を転々とし就職活動。
(その時泊めて頂いた⽅有難う御座いました!)

そんな中、中卒を拾っていただき、東京は銀座で料理の仕事で就職。
これまで⾃分が積み重ねてきた事は⼀切通じない。
全てが壊れ本当の意味で新たなスタートが切れたが、

  • 1⽇15時間勤務

  • 友達無し

  • ⾃宅は布団のみ

  • 舐められまくりで相⼿にされない

40代の男性経営者4人に囲まれ、
「濱田、おもろい話しろ」と無茶ぶられ、1日3回スベる。

スベッた後処理として、ピッチャー⼀気飲みでその場しのぎをする日々。

「こんなやつらすぐ抜かして同じ事やってやるわ」と悔しさを押し殺し一気飲みをしていた。

リアルにこの飲食時代で人生3回分の酒は飲んでた。

20歳だから、中卒だからって理由だけで相⼿にされない時もあり、顔にはストレスでニキビだらけになりながら⼈前に⽴つ場⾯も多く、「なんでこんな思いしなきゃいけねーんだよ」と思い続けた

飲みつぶれる毎日、大人におもちゃにされ満たされる。

抜け出したい。この生活を今すぐ辞めたい。

わからない。悔しいけど何もできない。

だって学がないから。
当時、中卒の自分には視野がなかった。
選択肢も何も浮かばなかった。

金持ちになる。
稼げるようにるには?
経営者がお金持ってそう。
経営者ってどうやってなれるんだ?
経営者に聞く→稼ぐなら営業だろ。
じゃあ営業だ。
もうやるしかないだろ。
この勢いのままあと先考えず本当に転職。

2021年 【社会人9年目】 蓋を開けたらゾス時代

稼ぐ!⼒をつける!そんな思いで転職活動を開始。

だがそんな簡単にうまくいく訳がない。

  • 応募条件が⼤卒以上

  • 中途は経験者のみ

  • 過去⾯接経験無しで⾯接受けてもわからない

  • 書類選考17社落ち

  • 面接7社落ち

中卒のハンデを感じ、少しだけ後悔を覚えた。
とは⾔え諦めるわけにはいかない。

転職エージェントと一緒に企業を探してもらっていた所、

「濱田さんにはピッタリ!お金もついてくる!東京でスーツで!神企業!」

中卒の自分が新宿のど真ん中でスーツ着て営業。

数ヶ月前の自分だったら考えられない。

勝ち組だろ。
やるしかないだろ。

晴れて、優良企業に転職が成功し、自分の人生はもう成功へまっしぐらだと息巻いてやる気に満ち溢れていた。

勝ち組だと心から思ってた

ところが入社前の2泊3日の研修にいった際。

朝5時起き
とにかく大声で挨拶。
同期と罵りあう。
声が出なくなれば激詰め。
山を半日程走る。

“これは想像と違うぞ....”
”とんでもない場所に足を踏み入れたかもしれない”

今にも逃げ出しそうになりながらも、金持ちになるんだろと自分を奮い立たせながら必死にくらいつてあっという間の2泊3日が終わった。

やっとまともな企業に就職できたと思ったら、なんとそこはゾス系だった。

”絶対に1位になる”と意気込み、毎⽇6時に起きて、⼀番に出社した。
でも、そんなアクションとは裏腹になかなか思う様にいかない⽇々。

少しでもスキがあると怒られる、断られる、この2つが本当に嫌で、アポが取れやすい業界や若い年数の会社だけをピックアップし⾃分の弱いとこから逃げながら仕事をしていた。

でも、1位になるんだって気持ちだけは強く、⾃分の成績が良く無い時は1⼈24時頃までオフィスに残り、涙を流しながら作業してた⽇々。

入社する前からプライドが高かった。

"俺はこんなもんじゃない"
"営業なんて余裕だわ"

そんな事を毎朝バスの中で⾃分に⾔い聞かせながら、眠い⽬を擦り出社していたが、⾃分の思いとは 裏腹に成果が出ても予算は未達。

未達。

未達。。。

未達が3ヶ⽉続く。

詰められる。でも向き合わない。でもでかい事は⾔う。

入社前の意気込み調子に乗っていた天狗の鼻は木っ端微塵に。

どんどん抜け出せない沼に⼊り込むような感覚を味わっていた。

でも、諦めたくなかったから毎⽇の様にトップセールスの営業録⾳をイヤホンで聴いていた、起きてる時は常にといっても過⾔ではない。
寝る時もイヤホンをつけて聴きな がら寝ていたから「寝⾔で営業してる事あるよ」と現妻に⾔われたこともしばしば。

それでも、1ヶ⽉程続けたらクロージングもできる様に。

入社して3ヶ月目以降、毎⽉予算を達成する事が増え仕事が楽しくなってきたのが営業を始めて6ヶ⽉程経った頃。

周りの未達が続くなか、毎月予算を達成し、給料も料理人時代の時より2倍になり大卒の優秀層を抜かして自分が上に上がって行く事が気持ち良くて、楽しくて仕方がなかった。

転職して1年後には役職がつき、年間1億600万の売り上げを⽴てられる様になってきて、そこそこ営業に⾃信を持てる様になってきた頃。

このまま会社の幹部に上り詰めたろ。
と思っていた矢先、

⼊社前は“カッコいい背中”に⾒えていた上司が、酔ったまま朝礼に現れ、仲間に向かって「死ね」などと罵詈雑言を放ち続けた。

目を疑った。

冗談だったのかもしれない。

でも、⾃分の中で何かがはっきりと⾳を⽴てて崩れた。
この世で最も不快な、最悪な言葉を仲間に面と向かって?

一体どういう神経してるのかわからないし、わかりたくもない。

部下を鼓舞し、誰よりも責任を背負い、気持ち良く働いてもらう環境を作っているのが理想の上司像だった中で、その上司に対しての信頼や⼀瞬で崩れ去った。

気づいたら翌⽇、上司に退職の意志を伝えていた。

ここに自分の未来はない。

有難い事に多くの素敵な人に囲まれました。

2023年 【社会人11年目】 大手でイキり時代

そんな中、転機が訪れる。奇跡に奇跡が連続して晴れて楽天で働くことになった。

大手企業での勤務が始まり浮かれてる

それと並⾏して、株式会社ミズカラ(旧GOAL-B)の島⽥さんが、燻っている若者を中心に、仲間を作り人生をぶち上げるというコンセプトで運営していた。

「⼈⽣ぶ ち上げコミュニティ」をたまたまInstagramで発⾒し、"お金を稼ぐんだ"と意気込んで燻っていた僕は、吸い込まれるように即⼊会。

そこで出会ったのが、株式会社蕾の代表の堀江。創業メンバ ーの⽥代・坂⼝。

初めて全員がリアルで集まった時のエノシマサウナ

堀江とサウナで「一緒になんかやろう」と話す機会があり、

⾃分の⼈⽣を⼤きく前進させるきっかけになっていた。

あのとき「求められている」って感じたのが本当に嬉しかった。

そして、楽天で働きながら、
堀江・⽥代・坂⼝と⼀緒に営業代⾏事業が本格的にスタートしていった。

正直楽天で仕事ができていたのは嬉しかったが、どんどん副業の方にのめり込んでいく。

楽天では8時間、その後すぐ帰って営業代⾏の副業。

朝7時から深夜1時まで、1⽇17時間。

それを1年365日、ひたすら⾛り続けていた。

当 時の僕は、営業には⾃信があったけど、蕾で出会った仲間たちは、全員レベルが違った。

堀江、田代、坂⼝。

自分の周りは毎月10件程成約を取ってくる中で、僕は1.2件。時には0も。

⾃分だけが結果を出せない。

副業で⽉1000万円売るんだって息巻いてたくせに、現実は400〜500万が限界。

でも⼼のどこかで「このくらいでいいや」って思って過ごしてた。

結果が出ない理由は、環境じゃなかった。

「俺⾃⾝が本気じゃなかっただけ」

優秀なメンバーと一緒に仕事できてればその内自分は変わるんじゃないか。って甘く思ってたし、毎日の商談振り返りもしないし、営業でできない事を改善しようとするアクションを取ってなかった。

なぜならFBをもらうのが怖かったから。自分を守り逃げ続けていた。

そんな中、初めての「経営会議」が開かれた。

(株)蕾 第一回経営会議。全員顔が雑魚そう笑

その場で⽣まれたのが、蕾の理念。

「⼈の⼈⽣に華を」

そして社名は「株式会社蕾」に決まった。

創業メンバー同⼠で意⾒を出し合いながら決まった理念と社名は愛着が湧いて仕⽅ない。
蕾ですって⾔いたくなってる節もある(笑)

この時はもう楽天の仕事は二の次。
⼼が動くのは、 蕾の仕事のだった。

そんな中、⾃社サービス「SAKASERU」を体系化する話が持ち上がり毎晩24時からのミーティング、20⽇間ぶっ続けで完成させていた。

2024年 【社会人12年目】 本当の地獄の始まり

楽天を「辞める」と決めた。

大企業の看板はもうない。ここからは一人で戦わないといけない。

「ただの中卒としてまた見られるのか」

大企業の看板で良く⾒せようとしてきた。
“自分の弱さ”と向き合わなければならない恐怖が⽬の前に⽣まれた。
喉が締めつけられて、声が出ないような緊張感の中、退職を伝えた。

これで蕾の仕事に集中できる。全振りすれば結果も出る。楽になれる、そう思った。

ただ、実際は本当の地獄の始まりだった。

いざ、蕾に⼀本化しても、営業では周りが8件、9件受注していく中で僕は1件、2件。

1000万⽬指します!と皆の前では虚勢を張り威張るだけ。

何をやっても中途半端で、どこかで“⾃分を⽢やかし自分の人生から逃げてる”感覚がずっとあった。

2024年 【社会人12年目】 地獄の底まで

そんな2024年の12⽉。
堀江と出会って2年経った頃だった。

結果の出ない中途半端な自分に一言、

「今すぐ蕾を辞めてくれ」

堀江に⼼をえぐられ、踏みにじられ、突き放され、全てを否定されたと感じ、⾃分が⽣きている意味さえ⾒失いそうだった。
今にも逃げ出したかった。

でも、堀江の顔を⾒ると”本当は⾔いたくない”って顔に書いてあった。

しんどい思いをしながら⾃分に真っ直ぐに伝え、やめるかもしれない、再起を図るかもしれない、嫌われるかもしれない、そんな思いを背負いながら伝えてくれている事も同時に伝わってきた。

終わる頃には涙が⽌まらなかった。

蕾から離れたくない。

諦めたくない。

こんな⾃分に決別したい。

もう2度と悲しい思いをさせたくない。

もっと⾃分として⽣きていきたい。

そんな感情を抱きながら、その瞬間、⾃分の中で何かが変わった気がした。

堀江の向き合いが、本当に⾃分を変えてくれたターニングポイントだった。

本当に有難う。

2023年堀江との初対面。2人とも初々しい。

2025年 【社会人13年目】やっとできた自分の居場所

そこからの4ヶ⽉。
毎⽇、堀江に⾒張られてるようなプレッシャーを感じながら「⾃分⾃⾝を変えるために」「SAKASERUのクライアント様のために」死に物狂いで逃げずに⾏動した。

もう中途半端に生きたくない、
お金を稼ぎたい、
自分を幸せにしたい、
自分の名前で生きる、
何より、自分の大切な人を失望させたくない。

そんな思いを抱き

毎⽇7時から深夜1時まで働いた、

悩む隙間もないくらい、

とにかく蕾と僕を広める為にクライ アント様や外部の⽅々、交流会、ご紹介、いろんな⼈に毎⽇会いに⾏った。

クライアント様の成果を出す、その為に⾃分の引き出しを増やすべく、 ⽢えも⾔い訳も全部捨ててやった。

多くの仲間とクライアント様に恵まれました。

12月〜5月で30名程の担当クライアント様の成果も3000万円を超え”幸⼠郎さんが担当で本当に良かったです”って⾔葉をいただけ る様になってきて仕事のやりがいを⼼から感じ始め蕾の中で徐々に⾃分のポジションが確⽴されてい った。

そんな時、堀江からのLINE。嬉しくて、嬉しくて嬉しくて。スマホの画⾯を⾒ながら涙を流したのを鮮明に覚えている。
(今も書きながら本当に涙ぐんでます)

この文面を見ると今でもその当時の感情が蘇る。

⽣まれて経験した事のない安堵感と⾼揚感。
もどかしい毎⽇で苦しみもがき続けた20歳以降。

⾏動できていない⾃分の事が⼤嫌いでした。

でも今なら言える。

⼈はいつからでも、どんな状況からでも変われる。

  • 鬱を経験し、大手を辞め無一文から独立し3ヶ月で売上600万を超え

  • 借金600万を抱えながらも、自社サービスで単月売上300万を上げたり

  • 2年間結果が出ず、何から手をつければ良いかわからない中で単月売上153万円達成したり

  • 営業未経験だけど自社サービスを単月で100万以上売上げたり

  • こんな実績を目の前で見てきました。

今が苦しくても、⾟くても、逃げ出しそうでも。諦めずに誰かと一緒ならどんな状況からでも必ず変われる。

誰かの存在が僕は蕾の仲間でした。
一生感謝してもしきれないほどです。

僕は過去は変えられると思ってます。

今が変われば過去にも感謝できるから、過去の出来事がプラスの出来事に変わるから。

だから今に絶望している⼈は諦めないでほしい。
でも⼈が変わる時には必ず⼈との関わりがある。
⼀⼈じゃ気付けなかった事、⾃分が逃げ出しそうになった時に⼿を引っ張って⽌めてくれる⼈。
⼈との出会いがチャンスをもたらしてくれます。

環境が全てではないが、環境が⾃分にもたらす影響は計り知れない。

僕⾃⾝がそうだった様に。

27年間の間で、楽しんだり、苦しんだり、笑ったり、ダラダラしたり、号泣したり、有難い事に豊かな⼈⽣を送れているなって感じてます。でもそれは、決して⼀⼈では叶わない。
今まで僕と関わって頂いた⽅のお陰様なんだということが、2025年になり更に強くなっていきました。

ここまで貴重な命の時間を使って読んでいただき、本当に有難う御座います。

出会いの種はどこに転がっているか分かりません、ひょんなことから⼈⽣は⼤きく進んでいく事も珍しくない。

ここまで読んで頂いた⽅には感謝しても仕切れない程です。

だからこそ、僕は貴方の為に何か力になれるかも知れません。

決断に勇気を出せない人、
ただただ、今が苦しい人、

僕が貴方の何かのキッカケになれば嬉しいです。

どんな些細なことでも構いません。

貴方の力になれるなら。
濱田、動きます。

オンラインでも対面でお茶しながらでも。
本当にお会いします。
ラフに構いません、下記のフォームから日程調整受け付けます。

貴⽅のきっかけになれると⼼から嬉しいです。

僕ら蕾も、濱⽥幸⼠郎もこれからも挑戦を続け、どんどん⼤きくなります。
3期100億という前⼈未到の事を、屈強なメンバー達と必ず成し得ます。

その道中は様々、たくさんの⽅に⽀えて頂くはずです。だからこそ、私たちは、この社会を、この世界をもっと良くする。

「⼈の⼈⽣に華を」

世の中に華のある⼈を⼀⼈でも多く創出します。

株式会社蕾 濱⽥幸⼠郎


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