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Netflix版三体と私のあいまいな理解力

夫がNetflixのドラマ「三体」を見ているので、隣で眺めていた。
私は小説版の「三体」を途中で挫折したのだが、何をどこまで読んだのか全く覚えていない。

あれ?こんなキャラいたっけ?
とか思いながらテレビを眺める。

夫に「これ、どういう事?」と聞かれて適当に答えて怒られる(ADHD!)

調べてみたら、私は三体の一部は読み終えていたみたいで、二部の暗黒森林の冒頭の墓石のあたりで挫折していたらしい。

史強!史強のアニキは覚えてるぜ!
なんか悲しい孤独な環境で、アニキは人間味があってありがたかった記憶が蘇る。

あと、文革のくだりはばっちり覚えていた。
だが、後はあいまいである。

そもそも私は長くて登場人物の多い話は苦手である。
何が何だかわからなくなってしまうのだ。
進撃の巨人も蒼天航路もこんがらがってしまった。

村上春樹とかも長編より短編が好き。
せめて、せめて一巻で終わらせて欲しい…

マンガも大島弓子とか、岡崎京子とか、短いものが好きである。

そういえばドラマも苦手で、昔の邦画とか香港映画みたいに90分くらいで終わると最高である。

「グレンスミスの呪い」という言葉がある。
萩尾望都先生の傑作「ポーの一族」の中の「グレンスミスの日記」という一編は、とある女性の生涯を描いた内容なのだが、実は作品は16ページしかない。
16ページでこんな内容が描けるなら、私が何か作ることに意味なんかないじゃないか、と筆を折らせるのが「グレンスミスの呪い」である。

私はこういうパズルの断片みたいな話を読んで、欠けたピースを想像してあーだこーだ考えるのが好きだ。
あまりに長いと頭のテーブルに乗らなくなってしまう。

フラナリー・オコナーとか、いいんですよね。
あと、ポール・オースターが編集している「ナショナル・ストーリー・プロジェクト」という、ラジオでリスナーからの実話を募集した本も面白い。
なんだったら3行くらいの話もあるのだが、世界の1ピースが鮮やかに描かれているのだ。

本を読むと一言で言っても、その内実は色々である。

大きいものより小さいもの、重いものより軽いもの、遅いものより早いもの。
それが私の性に合うのであろう。

とりあえず、夫におこられないように、三体に関しては黙っていようと思う。

あ、三体自体は原作もドラマもめちゃくちゃ面白いです!

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