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【読書感想文】のほほんと暮らし、心には白い火を。/西尾勝彦

最近出逢った、西尾勝彦さんの2冊。

『白い火、ともして』と『のほほんと暮らす』。

『白い火、ともして』は、自由港書店で店主の旦さんに西尾勝彦さんのことも含めておすすめしていただき、購入した一冊。
『のほほんと暮らす』は、本の栞で、著者も気にせずただそのタイトルに惹かれて手に取った一冊です。

おもしろいことに、どちらも同じ日に出逢った本でした。
そのときは、2つとも同じ著者の本だとは気づいていませんでした。

あとになって並べてみて、はじめて気づく。
少し不思議で、なんだかうれしい偶然でした。



まず読んだのは、『白い火、ともして』。

そこに綴られていたのは、つかみどころのない、やわらかな春風のような言葉たち。
何か具体的な方法が書かれているわけではないし、答えをはっきり示してくれるわけでもありません。

けれど、その言葉を受け取るたびに、身体の内側がじんわりと熱を帯びていくような感覚がありました。

創る人は、考えすぎてしまう。

ああでもない、こうでもないと、ずっと内側を見つめ続ける。
深く潜るぶん、知らず知らずのうちに心が固くなってしまうことがあるように思います。

この本は、そんな凝り固まった心をやさしくほどき、あたたかな灯火をともしてくれる一冊でした。

強く燃え上がる火ではなく、静かにそこに在り続ける白い火。

読み終えたあと、心の中に小さな火がじんわりと宿る。
大丈夫、と静かに言ってもらえたような気がしました。

創ることに迷ったとき、そっと隣に置いておきたくなる、お守りのような存在です。



次に読んだのが、『のほほんと暮らす』。

こちらを読みながらまず思ったのは、
「ああ、最近自分がぼんやり考えていたことが、ここにもある」ということでした。

しあわせは、別に無理をして探しに行かなくてもいい。
遠くまでわざわざ探しに行かなくても、日常のなんでもない場所や瞬間に、そこら中に潜んでいる。

気持ちのいい風。
おいしいお茶。
陽気な小鳥たちのハミング。
ふと見上げた夕焼け。
誰かとのたわいもない会話。

そういう、名もない小さなしあわせにちゃんと気づけること。
それが、のほほんと暮らすということなのだと思います。

のほほんと生きている人は、ただ呑気な人ではなくて、
日常の中にあるしあわせを受け取るのが上手い人なのかもしれません。

そして、そのためにはきっと、
意味とか、理屈とか、価値とか、
そういう世の中のものさしに振り回されすぎないことも大切なんだろうと思いました。

これは何のためになるのか。
意味はあるのか。
価値はあるのか。
ちゃんと結果になるのか。

気づけば僕たちは、そんな問いを立てすぎてしまう。

でも本当は、

気持ちがいいから散歩する。
飲みたいからお茶を飲む。
会いたいから会う。
書きたいから書く。

それだけで十分なことも、きっとたくさんある。

意味や理屈を求めすぎると、生きることは途端に窮屈になる。

ただ、生きる。
ただ、在る。

この世界に存在しているという、その喜びを、
なんでもない日常のなかで味わえたら。

そんなことができたらいいなと、最近よく思います。



まったく同じ本ではないけれど、
この2冊を読んでいて思ったのは、最近自分が考えていたことが、ここにも確かに流れている、ということでした。

考えすぎて固くなってしまう心。
意味や理屈や価値を求めすぎて、窮屈になってしまう日々。
それでも、もっと力を抜いて、ただ生きるをしたいという感覚。

自分の中ですでに考えていたことではあるけれど、
こうして本の中の言葉として出逢うことで、その思いはより確かなものになっていく。

最近、こういうことがよくあります。

自分の中で育ってきた思考が、
本だったり、人との会話だったり、ふとした景色だったり、いろんな出逢いの中で「やっぱりそうなんだ」と補強されていく。

偶然のようで、必然のような出逢い。

今回の西尾勝彦さんの2冊も、きっとそういう出逢いだったのだと思います。

まだまだこの感覚を掴んでいる途中だけれど、
いま自分が大切にしたいことの輪郭が、また少し濃くなった気がしています。

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