#8 『名前のない手紙を、あなたへ。』
「読んだ瞬間に、なぜか涙が出そうになった──誰からか、わからないのに」
🧑💼登場人物紹介:
◆ 森下 里穂(31)
出版社勤務。丁寧に暮らすことを大切にしているが、恋にはいつも一歩踏み出せない。
◆ 結城 智也(32)
フリーライター。大学時代の同期で、誰よりも自然に隣にいた“特別じゃないけど、忘れられない人”。
里穂はある日、実家の書斎で古い引き出しを整理していて、1通の封筒を見つける。
封は開いていたけれど、そこには差出人の名前がない。
けれど、文章は丁寧で、どこかやさしくて、そして不思議な既視感があった。
“この手紙、どこかで読んだことがある気がする”
そう思いながら数日を過ごしたある日、偶然再会したのが、大学時代の友人・結城智也だった。
書きかけの原稿を抱えたまま、街角のベンチでひと息ついていた彼。
「変わってないな、里穂。まだコーヒー、ブラック?」
「……覚えてたんだ」
少しだけ、心がほどける。
話しているうちに、智也が大学時代に"ある小説"を趣味で書いていたことを思い出す。
——そこに書かれていたフレーズと、手紙の文面があまりにも似ていた。
「ねぇ……これ、あなた?」
差し出した手紙に、智也は一瞬目を伏せて、静かに笑った。
「名前、書けなかったんだ。怖くて」
手紙は、10年前に書いたものだった。 卒業式の前、伝えられなかった気持ち。
「でも、あの時より今のほうがちゃんと好きだって、言える気がする」
里穂は手紙をそっと胸元にしまって、小さく頷いた。
「じゃあ、次は名前を書いてくれる?」
ベンチの隣に並んだまま、春の風がそっと2人の間を通り抜けた。
💬ことりのつぶやき
“差出人不明の手紙”という設定は、ありきたりに見えて、とてもパーソナルです。
誰かの気持ちを“知らないふり”をしてきた過去、自分にもあったかもしれない。
それでも、誰かの言葉が、時間を越えて届く瞬間がある——そんな気持ちで綴りました。
✦ 桜川ことり ✦
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