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「モノ」は所有しているだけ疲れる

音楽もストリーミングで聴けるわ、本も電子書籍で読めるわ、という昨今なのだから。

ホント、部屋にこれ以上物を増やすのは、やめようと思った。

――と、いいますのも。

先日、「いずれどこかにちゃんとしまおう」と思っていた書籍やらCDやらDVDやらを、いよいよ「しまう」作業を大決行したのであるが。

改めて、「しまっていない」本・CD等々「だけ」でも、こんなにあるなんて!という状態になっていた!!
(つまりこの他に「しまってある」状態の品も既に「大量に」ある、ということである。)
(ご存知でしたか? ここで言う、オタクの「大量」は、ホントに「異常な量」なんですよ?笑)

おまけにとうとう「あれ? 自分、この本買っていたんだっけ?」というものまで、出てき始めた。
――まさか!……自分がそうなるとは、思ってもみなかったよ!(笑)

いや、人からそんな話を聞くたび、「ま、そういうのって、たくさん本を買って、たくさん本を読む人特有のものだよねっ!」なんて思っていたんだが。

いや~、「本を買う」ことについては、自分なりに、ホイホイ買ってしまわないよう、意識してセーブするようにしていたし(節約もあるけど、読むのが追いつかないんだよな。笑)、「実際、そんなに買ってないもんね?自分」と、思いこんでもいたし。

――しかし、広げてみたら、恐ろしい「本の山」いや「連山」「山脈」みたいになってしまった。
※広げたものの「ほんの一部分」でしかありませんが、カバー画像参照。――実際はこれの4倍くらいの面積で、「本の山岳地帯」が広がっておりました。
数年の蓄積とはいえ……自分の部屋のどこに、こんなに本があったの??ホントに、ホント~に、わからないんですけど?!?!(笑)

やはり、本に限らず、服でもなんでもそうだけど、「自分の所有物」は、目に見える形で、つまりちゃんとその都度整理して、ひとまとめ(できれば一か所)に置いておいて、「自分が所有している総量が一目でわかる状態」にしておかなければいけないなあ、と、しみじみ、しみじ~み、感じた次第である。

モノって、買った時は「力をもらう」気がするんだけど……そのモノをいずれ、捨てるのも、しまうのも、所有する(それをいつでもまた取り出せる様に保存してキープしておく)のも、それら作業には、それぞれ相当、手間と時間と、そして精神的エネルギーまでも取られます!!
ハッキリ言って、「モノ」は、所有していたら所有しているだけ疲れます!!!!!(笑)

――「結局今は使ってないもの」なら、これ、「疲れ損」とも言えますよね?!

そして、このことを、更に広げて考察してみる。
「人が所有しているモノ」には、「意識みたいなもの」が生まれる気もまたするのである。(いつものようにまた、論理を飛躍させております。笑)
――「自分の分身」とまではいかずとも「それみたいなもの」とは言えるかも?というところであろうか。
なので、それについて「埃が被った状態で放置する」行為って、やっぱり良くない気もしたのである。

つまり、「放置されているモノ」が、粗末に扱われて寂しがっている、嘆いている、という「荒んだ負のオーラ」みたいなものって、そこ(自分の住処、あるいは「分身」とまで考えるなら「自分自身の中」とも言える)に発生してしまう気がして。
(……というこれは完全に、「まったくもって個人的感覚」の話ですが!笑)


――話を戻します。(笑)

そしてそのうち、衣類や書籍だけでなく、これまでそういうことはなかった、レコード・CD・DVDについても、「あれ、これ、買っていたんだっけ??」となりかねないしなあ、とも感じた。

うーん、これはまず、老化による記憶力の衰えもあるんだろうけど。

やはり若い頃と違って今現在の日々に「やること」と「やりたいこと」が目白押しで、一つ一つの読み物や音楽の作品に、かつてのように時間をかけて丁寧に繰り返し向き合ってない、ということもあるだろうし。

あるいは、そろそろ、脳内の「これまで鑑賞してきた作品」フォルダが、容量一杯なんだろうなあ、なんてことも思った。
(つまり、新しくやって来たものは入りきらなくて、一部、またはその全部が、保存できずに記憶からとりこぼれているわけだ。)

それが証拠に、整理しながら、パラパラ読み直し(やりがち。笑)したら、「面白い!こんな本だったっけ?せっかくの機会だからもう一回読み直そう」という本がこれまた大量発生し、「おいおいこれじゃあ、整理にならないから!」と、「再読本」は厳正なその場でのオーディションの上、数冊に絞り込まれた。(それでもやっぱり数冊はしまわず、読み直しすることにしてしまいました。笑)


まあ、諸々のこれらの問題、「本棚がいくつも置ける、大きな自分専用の書斎」でも一部屋あったなら、多少は解決したかもしれないが。

――いやいや、しかし。

これでよかった気がしている。

だって結局は、「いくらでも無限にしまえる本棚」なんて、この世のどこにもないのであるからして。
(「図書館」ですら、その多くが「増え続けていく蔵書」問題で悩んでおります。――「保存」も図書館の仕事ではあるけれど、しかし、本はたとえ一冊ずつの保存にしたって、その数は増えていくばかりですからね。)

今現在の「せっまーい、アパートの部屋」くらいが、私の「脳内の容量」にも見合って、ちょうどいいくらいなのだと思っている。
だから、この部屋に置けない量――つまり「これ以上は」、ものは増やさない!

決めました!!

買って手元に置いておくだけで、「その本を一読で自分は吸収した!」なんて勘違いしないためにも。
――だって、それが証拠に、書かれている内容を全然憶えてなかったじゃないか!!自分よ!!(笑)


あと、こんなことも最近思い始めているので。(「ストリーミング」方向に、時代も変わったと思う、ということ。)

「読む側」としても、「形として残す本はなるべく買わない」方針でいこうと思う。
(本当に「どうしても!」という本だけにする。)


とにかく、「モノにホコリが被っている状態で放置しない」と決めた。

こういうのって「物を粗末に扱っている」ということになるし、
(繰り返しになりますし、また、ただの自論ですが、)自分の所有物はある種の自分の分身とも(私は)感じられるわけだから、これは「自分自身に、その心に、その生活に、埃が被っている」とも言えるわけなので。

とにかく、現段階の結果としては、捌き管理しきれていなかったわけなのだから、「所有物は減らす(少なくとも増やさない)」と決めた!
――決めたからね?
決めたぞ~ッ!!!(しつこい。笑)

(今回の一日がかりの大整理では、自分の暮らす部屋の中で、まさかまさかの「すごい埃まみれ」になりました。
――いや、別に普段、そこまで掃除していない部屋でもないのにですよ?
もうこれを繰り返すのはイヤなので!!!笑)

(で、次はクローゼットの中を大整理するよ!……とは思いつつ、まだ手つかずのまま。
そんなにたくさんの「着るもの」は所有していないはずだから、そこまで時間はかからないはず……とはいえ、これが案外やってみると、こういうのって「思っていたより」時間がかかるものなんだよなあ。で、これで「半日がかり」くらいでも、結局は丸一日とられちゃう感じに結果なるんだよ。
――と、そう考えると、なかなか取り掛かれないという。笑)
(「大整理」って、途中で「続きはまた明日か今度」とかって、やりにくいんだよね。キッチリやらずに中途半端で「終了!」とするのでは、「大整理決行」の意味が半減するし、いずれにしても、作業の最後には一旦は掃除しないと、「日常生活を営む場所」にも戻れないし。笑)