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言葉は両刃の剣 私が「あるがまま」の言葉を織る理由

  梅雨の月 鎌倉の空に かかりけり(高濱虚子)

先日、鎌倉虚子立子記念館に行ってきました。ここは、俳人・高浜虚子とその娘・星野立子のご一族が運営している小さな資料館。館内には、父と子の直筆の俳句が所狭しと展示されています。知る人ぞ知る隠れた名所で、全国からやってくる俳句ファンが、時間を忘れて見入っているそうです。

鎌倉虚子立子記念館

この日は、虚子の玄孫(げんそん)であり、立子の曾孫(ひまご)にあたる女性が時間を作ってくださいました。 美しい庭を眺め、お茶をいただきながら部屋で伺うお話は、とても贅沢な時間になりました。

彼女は透明感のある穏やかな、とても素敵な方です。どちらかというと飾り気のない雰囲気ですが、私たちが知らない「虚子と立子の素顔」を、本当に嬉しそうに話してくださいました。

「客観写生」「花鳥諷詠」を提唱し、現代俳句の礎を築いた高浜虚子。その作風はスケールが大きく、まるで一枚の美しいデッサンを見ているようです。一方、娘の立子の句には、純真さの奥に、心の内側から湧き上がる強さや驚き、そして覚悟が見え隠れしています。日常を自分の目線で切り取り、自分の言葉で表現する――そこには、女性ならではの感性がありました。

立子が初めて俳句を詠んだのは23歳の時。父・虚子の勧めでした。


   まゝ事の 飯もおさいも 土筆(つくし)かな (星野立子)

この句に触れた虚子は、娘の飾り気のない大胆さと非凡な才能に驚きました。この瞬間、二人の関係は「父と子」を超え、「師と弟子」へと昇華します。そして虚子が見立てた通り、立子はめきめきと頭角を現して、昭和を代表する女流俳人となったのです。

  父がつけしわが名立子や月を仰ぐ(星野立子)

この句からは、父への深い愛と、「この名に恥じぬ生き方をしよう」という強い決意が、まっすぐに伝わってきます。虚子が築いた俳句の精神は、立子へ、そしてその子孫へと、時代を超えて未来へ受け継がれていくのだと感じました。

高浜虚子と星野立子。この二人の俳人に触れ、私はありのままに自分の感情や想いを素直に表現することが、こんなにも素晴らしく崇高であることを知りました。

と同時に、ありのままの自分を素直に表現することが困難な時代である、ということも感じています。

部屋から眺める美しい庭

「私が思っていること、感じたことだから」と言葉や文章で誰かを批判したり、攻撃したり、傷つけたりする。あるいは、悪気なく発信した文章なのに、受け取った人の心を逆なでして大炎上してしまう。今は些細な一言が命取りになる時代です。

 美しさの中に隠れている虚飾の言葉。
 力強さのなかに紛れている建前の言葉。
 何をもって、真実が語られている言葉を見抜けばいいのだろうか。

そんなことを考えていると、ありのままに感じた言葉を発信することが怖くなってしまいます。どうすればいいのだろうか、と。

もしかしたら私たちは、自分の考えや気持ち、思いを伝えることに不安があるからこそ、話を盛ったり、本心をはぐらかしたりしてしまうのではないでしょうか。

 誰かと比べて自分を大きく見せようとする。
 相手を気遣いすぎて、意に反する言葉を伝える。
 周りの人に認められたくて、偽りの自分を演じる。

どれもこれも、自分への信頼、自分への愛が欠けているからであるように感じます。自分を労り、認めることができていないから、他者に対して愛の眼差しを向けることができないのではないでしょうか。

言葉を織りあげる一人の人間として、私を見つめ、心が動いた瞬間を、これからはありのままに発信していこう。

そのためにも、まずは私自身を愛し、心の奥底から湧き上がる言葉を温かく抱きしめること。そこから始まる私だけの言葉を、まっすぐに伝えていきたい、と思うのです。

                                                                                                      言織  kotori 

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