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【トランジション理論】中立期の今。そして切手の思い出

今わたしは、静かで不思議な時間の中にいる。

これまでのような「頑張るモード」にはもう戻れない。

だけど、まだ「新しい何か」が明確に見えているわけでもない。

さなぎが蝶になる前のように、内側では確実に何かが起きている。

何もしていないようで、でも何かがゆっくりと熟している。

この感覚に名前を与えてくれたのが、「トランジション理論(ウィリアム・ブリッジズ)」だった。

トランジション理論とは以下のようなものだ。

◇人生の節目には「外的な出来事(転機)」と「内面的な変化(トランジション)」がある。

転職、離婚、病気、退職、喪失
そうした出来事によって、私たちは“これまでの自分”を手放し、“新しい自分”へと移行する。

そのプロセスは、以下の3つの段階で進んでいく。

1. 終焉(Ending)
 かつての自分、役割、人間関係、大切にしていたものとの別れ。
 悲しみ、虚しさ、喪失感、混乱を伴うことも多い。

2. 中立期(Neutral Zone)
 「何者でもない時間」。
 アイデンティティの空白地帯で、不安や虚無と向き合いながら、静かに再構築の準備が行われている。
 実は最も創造性が育まれる、人生の“暗くて豊かな”季節。

3. 新しい始まり(New Beginning)
 新しい目的、新しい価値観、新しい自分に出会い、「内から湧く力」で動き出すとき。
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わたしのいまは、中間期。

誰かに必要とされることで自分の存在を確かめようとしていた。

「役に立たなければ意味がない」と、静かに思い込んでいた。

その生き方に、もう自分が追いつけなくなり、それは静かに終わった。

派手な崩壊ではなく、ふとした気づきと共に音もなく幕が下りたような終わり。

そして今、何者でもないわたしとして、ここにいる。

何かを証明する必要もなく、誰かに認められる必要もない。

でも同時に、「わたしは何者なんだろう?」も湧いてくる...。
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中立期のオススメの過ごし方として、トランジション理論では「自分史」や「仮の死亡記事」を書くことがあげられていた。

自分史として日々ブログを書いているが、オススメの過ごし方を自然とやれていたのがちょっと驚きだったし、なんだか少し嬉しかった。

ブログを書いていると、懐かしい風景や、思い出、あのとき感じていた小さな気持ちが、少しずつよみがえってくる。

いい思い出も、そうでない思い出も…。

ブログは、単なる記録ではなく、丁寧に、正直に、わたしの声をすくい上げていくような作業だ。

ちなみに、オススメワークの「仮の死亡記事(仮想訃報)」とは、もし今、自分が亡くなったとしたら、どんなふうに語られるかを想像して書く内省のワークのことをいうらしい。

新聞の追悼記事のような形式で、自分の半生・人柄・大切にしていたこと・周囲との関係などを、第三者の視点から書いていく。とのことだ。

わたしバージョンの仮の死亡記事を書いてみた。

【仮の死亡記事(仮想追悼文)】

(わたし)さんは、言葉と祈りを通して人の心にそっと灯をともす存在でした。

30代でうつを経験したのち、自身の内側と丁寧に向き合いながら、言葉の力を使って人々に癒しを届ける仕事を始めました。

「誰かのために書くこと」は、彼女にとって“祈り”のような行為でした。

晩年は「手紙師」として、命の節目に寄り添う手紙を綴る仕事にも取り組み、
多くの人の心に深く残る言葉を残しました。

最後まで「いのちの声」に耳を澄ませていた○○さん。

その静かな強さと温かさは、これからも多くの人の心のなかに生き続けていくでしょう。

だ。

何かを証明するためでも、誰かに評価されるためでもなく、ただ「わたし自身の理解のため」に書いてみた。
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最近、ふと「手紙を書く」ということが気になりはじめている。

まだはっきりとした形ではないけれど、それがこれからのわたしの道に、そっと寄り添ってくれるような気がしている。

その流れで思い出したのは、父と過ごした切手集めの時間だった。

切手そのものが好きだったのもあるけれど、何より、父と一緒に過ごすあの静かな時間が嬉しかった。

やがてわたしは、切手に描かれた季節の花々や、風景、小さな物語のような絵に心を惹かれていった。

一枚一枚が、まるで小さな絵画のようで、眺めているだけで、どこか遠くへ旅に出たような気持ちになれた。

そして今、改めて切手に思うのは、

切手を貼るその瞬間こそが、相手を想ういちばん静かな「愛のしぐさ」なのだということ。

言葉だけでは伝えきれない想いや温度を、
あの小さな一枚が、そっと優しく結んでくれるように感じている。
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いまはまだ何かが形になるわけではないけれど、日々の中で感じる、静かな予感はいくつかある。

いまはそれを、そっとあたためている。

焦らなくていい。

きっとまた新しい「願い」や「仕事」や「役割」に出会う日が来る。

そのとき、今のこの“無音のような時間”が、どれだけ豊かだったかを、きっと思い出すのだと思うう。

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