善福寺でいちばん高い木は、逆さに突いた杖だった
山門をくぐると、すぐ脇に小さな水場がある。
柳の井。
手を浸すと、少しだけ温かい。
三月の空気の中で、この水だけが違う温度をしている。
千二百年前から、ここで湧いている。
弘法大師が杖を突いた場所から湧き出した、と伝えられている。
伝説かどうかはわからない。
でも水は本当に湧いている。
関東大震災のとき、水道が壊れた。
焼け出された人たちが、ここに列を作った。
二十年後の空襲のときも、同じことが起きた。
地上が何度燃えても、この水だけは止まらなかった。
水は下に流れるものだと思っていた。
ここでは逆だ。
地面の下から、千二百年、上に向かって湧き続けている。
地上のことは関係ない、とでも言うように。
***
参道をまっすぐ進むと、首が痛くなるほど高い木が見えてくる。
善福寺のイチョウ。国の天然記念物だ。
樹高約四十メートル、幹まわり十メートル以上。
鎌倉時代、親鸞がこの寺を訪れたとき、持っていた杖を地面に突き刺したと伝えられている。
ただし——逆さに。
理由は記録にない。
ただ、上下を逆にして、突き立てた。
大地はそれを受け入れた。
八百年かけて、その杖は境内でいちばん高い木になった。
三月、太い枝はまだ裸のままだ。
向きが間違っていたはずのものが、いちばん大きく育つことがある。
まっすぐ突いていたら、ただの杖で終わっていたかもしれない。
大地は、向きにこだわらなかったらしい。
***
イチョウの裏側に回ると、根元に大きな空洞がある。
中を覗くと、内壁が黒い。
一九四五年五月、山の手大空襲の炎がここまで達した。
本堂は一晩で焼け落ちた。
この木も燃えた。
幹の内部は炭になった。
でも外側を見ると、樹皮はきれいに再生している。
春になれば葉を茂らせる。
八十年前の炎の記憶を幹の中に抱えたまま、外側には新しい皮を重ねてきた。
傷を消すのではなく、傷の外側にもう一枚の自分を作る。
消そうとしなかったから、残ったのかもしれない。
***
太い枝から、何かが垂れ下がっている。
気根。別名、乳根。
昔、乳の出ない母親がここまで歩いてきて、この木に手を触れたと伝えられている。
赤ん坊を抱えて、誰にも言えないまま、この木の前に立った。
信心の深い時代の話だ。
でも、子どもがうまく乳を飲めなくて夜中にオロオロした記憶なら、ある。
あのときの自分が、この木の前を通りかかったら、手を伸ばしたかもしれない。
見上げると、逆さに突かれた杖が、八百年かけて乳を垂らしている。
***
境内の奥に、小さな記念碑がある。
初代アメリカ公使館跡。
幕末、鎖国が終わったばかりの日本で、善福寺にアメリカの公使館が置かれた。
仏教の寺の中に、西洋の外交機関。
後任の公使プルーインは回想にこう書いている。
「風の音にさえ怯えた。鶴の鳴き声にさえ、体がこわばった」。
通訳のヒュースケンが攘夷派に暗殺された後のことだ。
ある夜、攘夷派が善福寺を襲った。
書院に火を放った。
僧侶たちは、逃げることもできた。
でも逃げなかった。
自分たちの寺が燃えている最中に、敵であるはずのアメリカ人を守った。
名前は記録に残っていない。
守るべきでない人を、守った夜がある。
考える前に、手が動いたのだと思う。
***
善福寺を出て、元麻布の坂を下る。
千二百年前の水は、まだ下から湧いている。
逆さの杖は、いちばん高い木になった。
焦げた空洞から、乳が垂れている。
炎の夜に、敵の手を引いた僧侶がいた。
坂を下っていく。
来たときと、景色は変わらない。
ただ、何かの向きが少しだけ変わった気がする。
Kotodama Journey — 都市と静寂の音声ガイド
