新郎新婦入場で音楽が流れない!
大学2年頃、ビジネスホテルで客室清掃のアルバイトをしていました。
そのホテルの婚礼部門から声をかけてもらい、結婚式の音響を担当することになりました。
他人の結婚式なのに、見ていて涙が出たこともありました。
ただ、音響の仕事は初めて。
しかも結婚式です。
当時の私は、「ミスは許されない」と思っていました。
この仕事に慣れてきた頃だったと思います。
恐れていたことが起きてしまったのです。
「新郎新婦入場」で音が出ない
その披露宴で、司会者が、
「新郎新婦入場」
と言いました。
本来なら、そこで私が音楽を出す。
ところが、出せなかった。
なぜ出せなかったのか。
操作を間違えたのか、別の原因だったのか。
25年以上前のことなので、よく覚えていません。
でも、その瞬間だけは覚えています。

「やばい、やばい、やばい、どうしよう」
もう、パニックです。
頭の中は真っ白。
自分が自分じゃないような感覚でした。
すぐ横にいた司会者から、メチャメチャにらまれました。
司会者はそのまま話で場をつないでくれました。
たしか、
「機器のトラブルで……」
のようなことを言っていた記憶がありますが、正確な言葉は覚えていません。
とにかく私は何もできず、司会者がその場を何とかしてくれました。
披露宴が終わるまで、針のむしろ
音楽が出なかったのは一瞬です。
でも、そのあとも披露宴は続きます。
私はそこにいなくてはいけない。
これが本当につらかった。
感覚としては、
「針のむしろ」
でした。

披露宴が終わったあと、新郎新婦に対して申し訳ないという気持ちがありました。
結婚式は一生に一度です。
その入場で音を出せなかった。
そして、もう一つ強く残っていたのが、
「司会者さんの信頼を完全に失ったな」
という感覚でした。
その後、私はしばらく音響の仕事から外されました。
少し経って、人が足りないということで現場に戻してもらいました。
あのときの司会者と再び一緒になったときは、
「大丈夫?」
「大丈夫?」
と、手順をいちいち確認されました。
そのときは、
「信じてもらえていない」
という感じ。
異様なプレッシャーでした。
今なら冷静に言える。でも、当時は無理だった。
25年以上経った今、この経験を振り返ると、
「どんなに確認していても、やっぱりミスって起きるんだな」
と思います。
そして今なら、
「ミスをしないことだけではなく、起こした後にどう対応するかも考えておいた方がいい」
と思います。
二の手、三の手まで考えておく。
そう言うことはできます。
でも、これは今だから冷静に言えることです。
大学生だったあの瞬間の私は、
「やばい、やばい、やばい、どうしよう」
だけでした。
では、事前に二の手、三の手を考えていれば、本当に冷静に対応できたのか?
そこは分かりません。
頭が真っ白になったとき、自分がどこまで普段どおりに動けるのか?
少なくとも、あのときの私は動けませんでした。
今は、少しバッファーを作るようになった
最近、高校を訪問する仕事をしています。
ある仕事では、
「最低10校を訪問して、各校で1枚ずつ、合計10枚の名刺をもらってくる」
という依頼がありました。
実際に回ってみると、
「名刺を切らしています」
「赴任してきたばかりで、まだ名刺がありません」
と言われることがありました。
10校回れば10枚集まる。
計算上はそうです。
でも、実際はそうならないことがある。
それからは、可能な限り3〜4校多めに回るようになりました。
移動も、Googleマップで2時間と出ても、距離がある場合は、30分以上早く着けるように動きます。
何かあっても対処できるように、少し余力を残しておく。
余白を作っておく。
ただ、結婚式の失敗がきっかけだった、とまでは言えません。
いろいろな経験をするうちに、自然とそうなったのだと思います。
25年以上前の披露宴について、細かいことはもうほとんど覚えていません。
それなのに、
「新郎新婦入場」
音が出ない。
司会者ににらまれる。
「やばい、やばい、やばい、どうしよう」
そこから披露宴が終わるまで、針のむしろ。
その場面だけは、今でも残っています。
今なら二の手、三の手と言える。
でも、あのときの自分にそれができたのか。
そこは、今でも分かりません。
