【自己紹介③】東京を脱出し、広島で「何でも屋」になった僕がフリーランスになるまで
こんにちは!KotoAppです。自己紹介の続きを書いています。
前回、東京での過酷な4年間を経て、地元の広島に帰ってきたところまでお話ししました。今回は、その後の広島での会社員生活と、フリーランスになる決意をした経緯についてです。
広島での日々:「何でも屋」への道
2014年に広島に帰ってきましたが、仕事の内容は客先常駐(SES)で、働く場所が変わるだけという感じでした。 ただ、東京の案件と比べて、広島の案件は関わる人が少なく、規模も小さい。これが、僕にとっては非常に合っていると感じました。
東京の案件は規模が大きく、チームも企業も複数にまたがることが多い。そうなると、他社担当部分の仕様を確認するためだけに打ち合わせが必要になるなど、コミュニケーションコストが非常に高く、面倒だと感じることが多かったのです。
一方、広島の案件は人が少ない分、一人ひとりの担当範囲が広い。「できる人がいないから」という理由で、なぜか僕の元に色々な仕事が回ってくるようになりました(笑)。 例えば、以下のようなスキルは、地元に帰ってから身につけたものです。
開発の初期構築(サーバー構築から疎通確認まで)
サンプル機能の作成と、チームメンバー向けのマニュアル作成
お客様との折衝への参加
システム構成の設計
工数見積もりとスケジュール作成
東京では、各分野の専門家がいたため、僕が担当することはなかったであろう仕事です。この「何でも屋」としての経験が、後のフリーランス生活の大きな土台となりました。
転機:昇進の打診と、芽生えた独立心
そんな生活を3年ほど続けた2017年頃、ふと「あれ?これ、もう自分にできないことはないんじゃない?」と感じる瞬間がありました。 ちょうどそのタイミングで、会社から昇進の打診を受けました。
しかし、当時の僕は昇進に全く良いイメージを持てませんでした。部下の育成、上司への報告、増える責任、増える研修…。 それに加え、客先常駐でほとんど顔も合わせない上司と、目標面談で当たり障りのない話をするのが、本当に面倒だったのです。
「このまま会社にいても、やりたい事とは違う方向に進んでしまうな…」 そう感じたのが、フリーランスという道を意識し始めたきっかけでした。
妻の「いいよ!」と、開業届
当時、今の妻とは同棲しており、結婚を前提にお付き合いしていました。 思い切って「フリーランスになろうと思うんだけど、どうかな?」と相談したところ、返ってきたのは**「いいよ!」**という、非常にシンプルな一言。 この一言で、僕の決心は簡単に固まりました。
その後、会社に辞めることを告げました。「フリーランスは厳しいと思うよ」といった引き留めにも合いましたが、僕の中では不思議と「仕事が途切れることはないだろう」という自信があったので、辞める意思は全く揺らぎませんでした(笑)。
そして、これは本当にたまたまですが、妻との入籍届を出しに行ったその足で、税務署に開業届を出しに行きました。 こうして、僕のフリーランスとしての人生が、結婚生活と同時にスタートしたのです。
ここからフリーランスになった後や、子どもが生まれてからの話になるのですが、それはまた次の機会に。 ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
