第87話 何かが起きた日
その日も、いつもと同じように忙しかった。
人は足りない。
仕事は多い。
余裕はない。
そんな状況の中で、また一つ指示が飛んできた。
内容自体は難しくない。
でも、タイミングが悪かった。
手が回らない。
優先順位も詰まっている。
どう考えても、今すぐは無理だった。
少し間を置いて、伝えた。
「今これをやっていて、少し時間かかります」
できるだけ冷静に。
事実だけを伝えた。
でも——
返ってきたのは、予想していたものとは違った。
「は?それ今やることなんか?」
その一言だった。
空気が止まった。
言い方。
表情。
完全に否定されている感じ。
その瞬間、今まで溜めていたものが一気に押し上がってきた。
頭では分かっていた。
ここで感情的になったらダメだと。
でも、止まらなかった。
「いや、さっきの指示でこれを先にやってます」
気づけば、言い返していた。
強くはない。
でも、明らかに今までとは違うトーンだった。
周りの空気が変わる。
静かになる。
一瞬の沈黙。
そのあと、返ってきた言葉は短かった。
「黙れ!」
それだけだった。
それ以上は何もなかった。
でも、その場の空気は完全に変わっていた。
それまで抑えていたもの。
言わなかったこと。
全部ではない。
でも、一部は確実に外に出た。
小さなことかもしれない。
でも、自分の中では大きかった。
一線を越えた感覚。
戻れないところに来た。
そんな感覚だった。
この日を境に、関係は確実に変わった。
