生きてるだけで。
下の子が2歳を過ぎてから、
目を離すのが怖くなった。
少し前までは、
こちらが手を出さないと
何もできなかったのに、
最近は
「じぶんで」「じぶんで」と、
何でもやりたがる。
靴を履こうとする。
椅子によじ登ろうとする。
届かないはずの場所に、
いつの間にか
手が伸びている。
できることが増えた、というのは、
目を離せない時間が増えた、
ということでもあって。
ある朝のこと。
いつものように
子どもを連れて、玄関から出る。
そして、鍵を閉めた。
その瞬間、
私の手を振りほどき、
道路に向かって走り出した。
頭が、
真っ白になった。
鍵をしまおうとしていたカバンは地面に落ち、
中身が散らばった。
咄嗟に動けず、
足がもつれた。
私が転んだのを見て、
子どもは
きょとんとしていた。
しばらく、
息の仕方が分からなかった。
怒るべきなのか、
油断した自分を責めるべきなのか、
そのどちらも
違う気がした。
いつもの朝。
子どもが食べた食器を片付ける。
リビングのテレビでは、
この子の大好きな、
「いないいないばあ」が流れている。
おしりをフリフリしながら、
こちらを向いた。
あの朝のことは、
少しずつ、日常の中に溶けていく。
チャンネルが変わると、
自殺のニュースが流れていた。
この人も、
誰かにとっての子どもだったのだろうか。
テレビを消して、玄関へ向かう。
生きている。
それだけで、
十分だ。

