見出し画像

波のように繰り返す日々の中で

娘がまだ幼かったころ、私はいつも時間に追われていた。
起きてからすぐに洗濯をまわし、掃除機をかけ、朝食準備に、夫のお弁当を作り、娘の幼稚園の支度をする。仕事を終え、娘を迎えに行き夕食の準備、娘と入浴、夜は寝かしつけのあとにようやく訪れる静寂に、深く息をついた。
育児に、仕事に、実家のこと。
自分の生活を正しく生きようと、
必死だった。
けれど、いつの間にか“生きる”というより、“こなす”ように一日が終わっていた気がする。

毎日の食事づくりも、洗濯も、いつしか流れ作業のようになっていった。
ある日、いつものように洗濯機から洗濯物を取り出すと、衣類にびっしりとティッシュがこびりついているのを見つけた。
あ~もぅ、何もしたくない。
洗濯物をその場に置き、リビングで寝ころんだ。
窓の外で流れていく雲を、ただ眺めていた。

せやま南天さんの
『クリームイエローの海と春キャベツのある家』を読み、
忙しかった過去を思い出した。

ページをめくるたび、主人公・永井津麦の心の揺れが、自分の中の古い痛みをそっと撫でるように伝わってきた。
母との関係。
完璧でいなければという思い。
どこかで私も、誰かに見えない「合格点」をもらおうと必死だったのかもしれない。
母は、私を理解しようとはしなかった。
幼いころ、料理をする母の背中を見ながら思っていた。
「どうして私の気持ちは届かないんだろう」と。
好かれるために一生懸命頑張っても認めてもらうことはなかった。
大人になって、その気持ちとも上手に付き合えるようになり「これでいいんだ」と、思えるようになった。
けれど、津麦の「ちゃんとしなきゃ」と自分を追い詰める姿に触れるたび、
その奥にある孤独が、胸の奥に刺さった。
努力しても報われない気持ち。
どれだけ頑張っても届かない思い。
その切なさに、何度も目を伏せた。
けれど、津麦が少しずつ自分を受け入れ、歩き出していく姿に、春の光のような希望を感じた。
完璧じゃなくていい。
その言葉が、心の奥に静かに沈んでいった。

何度も読み返すうちに、
今度は織野家の主・朔也の気持ちに深く引き込まれていった。
もし最愛の人を失ったら、
私はどうするのだろう?
その喪失の痛みを思うだけで、胸が締めつけられた。

朔也が黙々と家事をこなしていく姿に、友人の顔が浮かんだ。
彼女は若くして伴侶を亡くした。
「子どもを育てていかなきゃいけない。一人で」
そう言ったときの彼女の目には、強さと寂しさが同時に宿っていた。
私は、ただ話を聞き、ぎゅっと抱きしめることしかできなくて、
そのときの沈黙が、
今も心に残っている。
朔也の言葉や行動が、そのときの彼女の背中と重なって見えた。
人は一人では生きていけない。
けれど、誰かを失っても、生活は続く。
その繰り返しの中に、痛みと強さの両方があるのだと思う。

朔也と5人の子どもとの生活を、津麦が見た時の気持ちを目にする。

毎日、これが繰り返される。
それが生活だ。
毎日、毎日。

「クリームイエローの海と春キャベツのある家」より引用

この一節を読んだとき、深く頷いてしまった。
そう、これこそが生活なのだ。
「今日は疲れたから、親を辞めます」
「もうここから逃げます」
とは言えない。
もの凄く頑張ってしまう人には、逃げるとか、助けてもらうという言葉を、思い描くことができない。私は、そのことを誰よりも知っている。
それでも、波のように寄せては返す日々の中で、
小さな笑いや安らぎを見つけながら、人はなんとか息をしていく。
この物語は、誰もが抱える「ちゃんとしたい」という気持ちと、
「本当はそのままで愛されたい」という祈りを、静かに照らしてくれる。
読むたびに、やさしく背中を撫でてくれるような温かさがある。

朔也と子どもたちが、津麦と出会えてよかった。と、亡くなった朔也の妻の気持ちになりページを閉じた。
今日は何を作ろう? と、津麦が冷蔵庫をのぞく。私もキャベツが冷蔵庫に入っていると安心するんだよなぁって思ったり。本の中から美味しい匂いが出てきそうなくらい、料理のシーンがとても印象的だった。私も津麦の作ったご飯が食べたいなって何度も思ってしまうほどに、今も胸に残っている。

食べることは生きること。
家族と、好きな人たちと食べる食事は最高に美味しくて幸せな時間だ。
5人の子どもたちが、津麦と過ごした時間をも栄養にして大きく育っていってほしい。
せやまさんの文章は、陽だまりように、読んだ人の心を静かに温めてくれる。
何もできなかった日も、
悲しみに沈む日も、
この物語を思い出すたびに、
私は心がゆるみ息がしやすくなる。

毎日の家事や育児は、海の波のように果てしなく続く。
押し寄せては引き、また新しい一日が始まる。
その波の合間に、ほんの一瞬でも光が差すときがある。
それが、暮らしの中の幸せなのだと思う。

家事も育児も、完璧じゃなくていい。
波のように繰り返す毎日の中で、
少しでも笑える時間があれば、 
それでいい。
『クリームイエローの海と春キャベツのある家』は、そんな日常の中にある、あたたかな光を、静かに見せてくれる物語だった。





***
最後まで読んでくださり
ありがとうございます。
心から感謝の気持ちを込めて。

横山小寿々

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集

この記事が受賞したコンテスト