育児放棄からの運命的な出会い②
あの日、娘の姿に成長の早さを感じ、自分の見方の間違いに気づいた私は、「何かを変えたい」と思うようになりました。そんな私に、ある出会いが訪れたのです。
娘の成長を見て自分の在り方に気づいた私は、何かを変えたいという気持ちで情報を探していました。そんなとき、ある助産師さんのYouTubeチャンネルと出会ったのです。当時、まだ登録者数も少なく、決して派手な動画ではありませんでしたが、その中で語られていた内容に私は衝撃を受けました。
「赤ちゃんの発達には細かな順番がある。飛ばしてしまうと、将来に影響が出ることもある。」
「赤ちゃんは、本能的に自ら練習を始める。その合図を見逃さないこと。」
「人間の持つ本能をうまく活用して、運動を促していきましょう。」
これまで私は、月齢や年齢による“できること”の目安ばかりを見ていました。でも、成長とは“結果”ではなく“過程”だという視点を、その助産師さんから教わったのです。それが、今の私の子育ての土台になりました。
私は仕事柄、社会人のプログラム教育を行なっていたため、その教育の考え方と本質は同じなんだなと気がつかされました。
社会人に対しても「ゴールではなく、その人の今の地点を見て支援する」ことが大切です。赤ちゃんや子供にもまったく同じ視点が必要なのだと実感しました。
最終的な結果ではなく、その子が今、何ができていて、何ができていない。学習の過程での現在地をしっかりと把握してあげること。そして、その状況にあった学習をしていくこと。
それから助産師さんのもとに毎月通い始めると、娘の成長を一層深く観察するようになりました。抱っこ一つ、寝返り一つにも“理由”や“狙い”があることがわかると、娘の何気ない仕草や動作が愛おしくてたまらなくなりました。「あ、今この動きを練習しているんだな」「次はこういう動きにつながるんだな」と気づくことで、子育てが急に楽しく、意味あるものになったのです。
私も以前から育児本はたくさん読んできました。「寝返りの次はずり這い」「ハイハイの後のつかまり立ち」など、順番があることは知っていたつもりでした。しかし、助産師さんが教えてくれたのは、例えばそのずり這いからハイハイに行くまでの“過程”にも小さなステップがたくさんあるということ。成長途中で、腰をふりふりしたり、横向きになって体の片側で寝そべるような体制を取ってみたりなど、赤ちゃんが自然に取り組んでいる小さな練習がたくさんあるということです。
こうした動作にはすべて意味があり、過程を飛ばしてしまうと、筋力やバランス感覚、身体の使い方にアンバランスが生まれてしまうこともあるそうです。大人になって「姿勢が悪い」「集中力がない」「片足だちが苦手」といったことの一因が、実は乳幼児期の発達段階を飛ばしたことにあった、という事例も少なくないそうです。
この出会いによって、私の中で「育児もまた、結果ではなく、今この瞬間の観察と過程の積み重ねだ」という価値観が芽生えました。それ以来、娘を“評価”するのではなく、“観察”するように意識が変わりました。そして、月齢でできる・できないを判断するのではなく、今その子がどの段階にいて、何を伸ばせばいいかを考えるようになりました。
これは、身体発達だけではなく、心や社会性もまた成長していくものであり、それらもまた、成長段階があるということを知っていくようになりました。
育児の答えは一つではないと思っています。でも、「成長段階を見る」という軸を持つことで、迷った時にも判断の支えになります。
こうした成長の“仕組み”や“人間の本能的メカニズム”を活かした育児法について、私が実際に体験してきたことをお伝えしていけたらなと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今後も、みなさんと少しでも楽しみながら子育てをしていけたらなと思います。
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