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逃げ回っていた三男が、ドライヤー後に必ず戻ってくる理由

お風呂上がり、わが家では毎晩「追いかけっこ」が始まる。

原因は、ドライヤーだ。

パジャマまでは驚くほどスムーズなのに、洗面所に入った瞬間、三男は豹変する。

「ゴー」という音が鳴った途端、脱兎のごとく逃げ出す。
リビングへ、寝室へ。
それを、ドライヤー片手に追いかけるわたし。

「風邪ひくよ!」
「あとちょっとだけ!」

必死なのはこっちなのに、どう見てもこれは、夜のちょっとした運動会だ。

逃げる三男と、追いかける母。
数分間の攻防の末、ようやく髪が乾ききるころには、喉は少し枯れて、腕にはじんわり疲れが残っている。

「……終わったよ」

そう声をかけた瞬間だった。

あんなに全力で逃げていた三男が、何事もなかったかのように、すっと近づいてくる。
そして、迷いなく両手を伸ばす。

「だっこー」

さっきまでの騒ぎが嘘みたいな、甘い声。

わたしはそのまま彼を抱き上げて、いつもの場所へ向かう。
洗面台の、鏡の前。

鏡の中には、髪がふわふわになった三男と、それを抱きかかえるわたし。

目が合った瞬間、三男の顔がぱっとほどける。
弾けるような笑顔で、「ぎゅー」と言いながら、まだ短い腕で首にしがみついてくる。

ほっぺとほっぺが触れる。
体温が、じんわり移る。

鏡の中には、「自分」と「ママ」が、ちゃんと並んでいる。

たぶん三男は、あの中で確かめている。
ここにいていいこと。
ちゃんと守られていること。

言葉にはしないけれど、
その安心が、そのまま力になって、わたしにしがみついてくる気がする。

さっきまで泣きべそをかいていたのに。
あんなに逃げ回っていたのに。

この時間になると、全部がなかったことみたいに、まっすぐ甘えてくる。

たぶんこれが、今日いちばんのご褒美だ。

三男にとっても。
そして、わたしにとっても。

その小さな腕に込められた力を感じながら、ふと思う。

こんなふうに、全力でしがみついてくれるのは、あとどれくらいだろう。

いつか一人で髪を乾かすようになって、
鏡の前でふざけ合うことも、なくなる日が来る。

この腕がもっと伸びて、わたしの首に回らなくなる日が、きっと来る。

だからこそ。

今のこの「必死さ」が、たまらなく愛おしい。

ドライヤーという、小さな戦いのあとに待っている、やわらかな温度。

この時間を、わたしはきっと、忘れない。

「ばっばーい!」

三男が鏡の中の自分に向かって、ちぎれそうなくらい手を振る。

それが、今日という一日の終わりの合図。

わたしは彼を抱っこしたまま、静かな寝室へ続く廊下を、ゆっくり歩いた。

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