カエルの真似で大笑いする2歳。「楽しい」って、もっと簡単だったのかもしれない。
三男が、リビングでカエルになっていた。
「ぴょーん!」
しゃがんで、両手を床について、思いきりジャンプする。
もちろん、そんなに高くは飛べない。
それでも本人は大満足で、
「ぴょーん!」
「ぴょーん!」
と、何度も何度も飛び続けている。
何がそんなに楽しいのか分からないくらい、楽しそうだった。
声をあげて、
顔をくしゃくしゃにして笑って、
またしゃがんで、飛ぶ。
ただ、それだけ。
おもちゃがあるわけでもない。
どこか特別な場所に来たわけでもない。
カエルの真似をして、リビングを飛び回っているだけ。
それなのに、こんなに笑える。
長男と次男も、そうだ。
近くを通ったところを、
「つかまえたー!」
と抱きしめて、ちょっとくすぐる。
それだけで、
「ぎゃはははは!」
と大笑いする。
「やめてー!」
「はなしてー!」
と言いながら、床を転げ回って逃げていく。
だから離す。
すると、数秒後。
またこっちに戻ってくる。
「もうつかまえて!」
いや、さっき「はなして」って言ってたじゃん。
そう言いながら、また捕まえる。
また大笑いする。
そしてまた逃げて、また戻ってくる。
子どもって、本当によく笑う。
カエルになっただけで笑う。
捕まっただけで笑う。
くすぐられただけで、
息ができないくらい笑う。
何度同じことをやっても、
初めてみたいに笑う。
その姿を見ながら、ふと思った。
私が最後に、
こんなふうに全力で大笑いしたのって、いつだったかな。
もちろん、私だって毎日笑っている。
子どもたちのおかしな言い間違いに吹き出したり、
夫と話しながら笑ったり、
テレビを見て笑ったり。
でも。
お腹が痛くなるくらい。
息が苦しくなるくらい。
顔をくしゃくしゃにして、
ただ「楽しい」だけで笑ったのって、
いつだっただろう。
大人になると、楽しいことにも、いろいろ条件がつく。
せっかくの休みだから、どこかへ行こう。
せっかく出かけるなら、子どもたちが喜ぶところへ。
どうせなら、おいしいものも食べたい。
写真も撮りたい。
思い出も作りたい。
もちろん、それも楽しい。
私だって、家族で出かけるのは好きだ。
でも、
リビングでカエルになっている三男を見ていると、
楽しいって、本当はもっと簡単なものだったのかもしれないと思う。
飛んだら楽しい。
捕まったらおもしろい。
ママが追いかけてきたら嬉しい。
兄弟と一緒に笑ったら、もっと楽しい。
たぶん子どもたちは、
「今日を楽しい日にしよう」
なんて考えていない。
ただ、その瞬間おもしろかったから笑っている。
その瞬間うれしかったから、もう一回やる。
それだけなんだと思う。
そして私はきっと、
こういう時間をいつか懐かしく思い出す。
三男がもう少し大きくなったら、
リビングでカエルの真似をして、
顔をくしゃくしゃにして笑うこともなくなるのかもしれない。
長男と次男も、
そのうち私に捕まえられる前に、本気で逃げられるようになる。
「くすぐるよー」
なんて手を伸ばしても、
「やめてよ」
と、本当に嫌そうな顔をする日が来るかもしれない。
そう考えると、
今日のリビングに響いているこの大きな笑い声は、
ずっとここにあるものじゃないんだなと思った。
だからといって、
毎日を大切に過ごそう、とか。
子どもとの一瞬一瞬を噛みしめよう、とか。
そんなことは、たぶん私にはできない。
明日の朝も、
「早く着替えて!」
って言うだろうし、
何度言っても片づけなかったら怒るだろうし、
兄弟喧嘩が始まったら、
「もういい加減にして!」
って言うと思う。
それでも。
リビングでカエルが飛び回っていたこと。
「はなしてー!」と逃げた子が、
「もう一回!」と戻ってきたこと。
三人の笑い声がうるさいくらい響いていたこと。
そんな、何でもない日のことを、
私は案外、
ずっと覚えていたいのかもしれない。
今日もまた、
「もう一回!」
と戻ってきた。
だから私は、
もう一回、
捕まえた。
