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一年前の自分へ

今の君は、たぶんずっと疲れている。
寝不足とかじゃなくて、考えすぎの疲れ

「やりたいことが分からない」
「でも、何もしないのは怖い」
「周りは動いている気がする」

この三つが、毎日頭の中で同時にめぐってる。


考えすぎ

自己分析をやった方がいいと思ったから、やってみる。
自分の、強み?弱み?価値観?
よくわからない。しかも、書いた瞬間に思う。

——これ、本当に俺か?

就活サイトにある例文みたいな言葉。
本で読んだそれっぽいフレーズ。
どれも間違ってはいない気がするのに、全部しっくりこない。

世間の言葉

「やりたいことを見つけろ」
「情熱を持て」
「軸を決めろ」

正論ばっかりで、逃げ場がない。

やりたいこと?知らぬ。
情熱?何に???(。´・ω・)?
軸??ないが…

一年前の自分は何もしていないわけじゃない。
授業は出てる。課題も出してる。県を超えて動いたりしていた。

でも、全部が“仮置き”みたいな感じ

「とりあえずやっている」
「今じゃない気がする」
「これで将来につながるのか分からない」

ずっとそんな感覚。

周りがまぶしい

周りを見ると、

・この業界に行きたいって言い切る人
・起業したいって動いている人
・資格をゴリゴリ取っている人
・サークルを運営してる人

そういう人たちが、やけにまぶしく見える。
その人たちだって悩みながら頑張っているけど。

一方で、自分はというと、
興味は分散している。
カレーも、経済も、デザインも、文章も、全部中途半端。

「器用貧乏なんじゃないか」
「結局、何者にもなれないんじゃないか」

そんな考えが一気に押し寄せる。

それなのに、
「本気になれることは?」って聞かれると、黙るしかない。

本気って何?
毎日ワクワクしてる状態?
寝るのも忘れるくらい没頭すること?

そんなの、今の自分にはない。

だから焦る。

迷っていい

今から言うけど、
あの頃の君は、弱いわけでも、怠けているわけでもない。

ただ、「正解の人生」がどこかにあると信じすぎていた

1年経った今でも、
はっきりした答えは正直ない。
何をやりたいか、何に興味があるか。

進路も、研究も、何も決まっていない。
迷ってるし、不安も消えてない。

それでも一つだけ、確実に変わったことがある。

「分からない自分」を、前より嫌わなくなった。

分からないから、書く。
分からないから、考える。
分からないから、誰かと話す。

あの頃は、
分からない=遅れている、だった。

今は、
分からない=まだ途中、くらいに思えている。

もしこの手紙を、1年前の君が読んだら、
たぶんこう思うだろう。

「結局、まだ迷ってるじゃん」

うん、その通り。

迷い方が、ちゃんと変わった。

1年分としてはぼちぼち良いかな。

焦ってる自分も、
自信がない自分も、
何者でもない感じがする自分も、

ちゃんと“考えている途中”。

止まってない。
腐ってない。
まだ、続いてる。

また1年後、
きっと同じように悩んでる。

でもその時も、
今より少しだけ、言葉は増えているはず。


悩んでる人へ

悩んでない人はいない。
悩んでること自体が、
悩みを解決しようとしている試みである。
と考えることもできる。

やっぱり人は、
飯食ってるだけで偉い(。-`ω-)


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むらくん|言葉のお布団の配達員 記事を読んでいただきありがとうございます! 人間は飯を食って寝れば偉いと思います、自分へのご褒美においしいスイーツでも食べてください。それでも私の記事を覚えていたら、応援してくれると嬉しいです!絶対に、自分へのご褒美を先にしてください!!