見出し画像

自分に「いいよ」と言えなかった

朝、目が覚めても体が重い。
布団の中でスマホの青白い光を浴びながら、
今日やらなければならないことのリストを頭の中でなぞる。
身体は動かない。

朝食を抜くのは当たり前になって、昼過ぎにようやく起き上がっても、
口にするのはコンビニのおにぎり一つとタイティーだけ。

今の部屋にはキッチンがないから自炊ができない。
外に出るのが億劫で胃袋が空っぽのまま夕方を迎えることもあった。

疲れていたのかもしれない。

今年の1月と2月、私は心が疲れていた。

朝、目が覚めても体が重い。布団の中でスマホの青白い光を浴びながら、今日やらなければならないことのリストを頭の中でなぞるけれど、指先一つ動かす気力が湧いてこないんだよね。

朝食を抜くのは当たり前になって、昼過ぎにようやく起き上がっても、口にするのはコンビニのおにぎり一つとタイティーだけ。今の部屋にはキッチンがないから、自炊という「自分を整える儀式」すらできない。外に出るのが億劫で、胃袋が空っぽのまま夕方を迎えることもあった。

当然、夜は眠れない。深夜1時を過ぎても、ぼやける視界の先でYouTubeの動画が流れ続ける。生活の土台が、音を立てて崩れていくのが分かった。

「私、何やってるんだろう」

タイでの留学生活を終え、新しい年を迎えて、本当はワクワクした気持ちで走り出したかったはずなのに。心臓が嫌な跳ね方をする。やる気が出ない自分への焦りと、理想から遠ざかっていく劣等感。それが、じわじわと私の心を侵食していったんだと思う。


一番近くにいる自分が味方じゃなかった

ふとした瞬間に、そんな言葉が脳内に浮かんできた。

私はこれまで自分を律するために、
厳しく接することが正しいと信じてきた。
「だらけるな」「もっと頑張れ」と自分の中に厳しい監督を宿らせていた。

でも一番自分と関わっているはずの自分が、
自分の行動を信じてあげられていない。

そんな状態じゃ、心が枯れてしまう。


自分に優しくする

2月が終わる頃。

私はようやく、自分に「いいよ」と言ってみることにした。

「今はのんびり過ごしてみようか」

そうやって、自分を受容する時間を意識的に増やしてみた。
頭を「前進」から「休養」に切り替えて、もぬけの殻である自分を、
ただじっと眺めてみた。

すると、少しずつエネルギーが戻ってきた。


優しくする≠甘やかす

それは、自分を甘やかすこととは違う。
「今の自分の状態」を正しく把握して、
適切な仕組みを整えてあげることだと思う。

でも、少なくとも今の私は自分の味方でいようと思えている。

「これでいいんだ」と。



ずっと歯車を動かしていると、錆がたまって動かなくなってしまう。
人もそのように休養が必要。

それにやっと気づくことができた。



ここまで読んでくださりありがとうございます!!
少しでも、心の声をとらえるのをお手伝いできれば、

ハート・フォローよろしくお願いします!

instagramで、日々の活動を発信してます。
noteに関することも上げてます!
よければ訪ねてくれると嬉しいです!!

寄稿、執筆依頼など連絡はFacebook からお願いします!
こいつ面白いと思ってもらえたら気軽に連絡してくださるとうれしいです!

良ければ、ほかの記事も!!


いいなと思ったら応援しよう!

むらくん|言葉のお布団の配達員 記事を読んでいただきありがとうございます! 人間は飯を食って寝れば偉いと思います、自分へのご褒美においしいスイーツでも食べてください。それでも私の記事を覚えていたら、応援してくれると嬉しいです!絶対に、自分へのご褒美を先にしてください!!