見出し画像

なぜここに「跡」だけが?街外れの墓地に潜む「黒い影」の正体『閻魔堂跡(法王院十王堂跡)』

2026/03/13 ヤフーニュース掲載記事

■この記事の好きなポイント■
何も派手さはない。ただひっそりと、土地に刻まれた人々の営みと祈りを伝えてくれる場所。
----------------------------------
【プライスレス藤沢】
~藤沢の魅力を再発見~

藤沢市内で見つけたプライスレスな情報シリーズ。162カ所目は藤沢市西俣野にある『閻魔堂跡(法王院十王堂跡)』です。

小田急江ノ島線「六会日大前駅」から東へ車で7~8分ほど。田畑が点在する街外れの墓地の一角に、ひっそりと大きな石碑が佇んでいます。

木の下に“黒い影”が...

石碑には、「十王堂跡」と刻まれています。

近くに建てられた案内板には、以下のように記されています。

法王院十王堂、通称“閻魔堂”は慶長5年(1600)の建立といわれ、鎌倉材木座の浄土宗光明寺の末寺、あるいは同系統の藤沢の常光寺の末寺であったという。天保11年(1840)に火災により堂が消失したが、閻魔大王座像・地獄変相十王絵図・小栗判官縁起絵図などは、村の若者たちの手により運び出され、難を免れた。これらの遺産は何れも花應院に現存する。堂跡には小栗墓塔、土手番様の浪人の墓、歴代住職の墓が残っている。六会地区郷土づくり推進会議

そもそも閻魔堂とは…
亡くなった人の生前の行いを裁くとされる「閻魔大王」を祀るお堂のこと。仏教や民間信仰においては、人は死後、閻魔大王の前で善悪の審判を受け、その結果によって極楽や地獄など行き先が決まると信じられてきました。有名なものは、京都の引接寺(千本閻魔堂)など。

つまり、「閻魔堂」と呼ばれた「法王院十王堂」は、今から400年以上前に建立されましたが、火災によって堂が消失(それでこの地に“跡(石碑)”だけが...)。しかし、貴重な文化財は村人たちによって守られ、現在も『花應院』に残されているということですね。

『花應院』

同碑の近くには、「小栗墓塔」「土手番様の浪人の墓」「歴代住職の墓」が静かに佇んでいます。

墓地の東側からは、境川とその向こうに広がる横浜市戸塚区の景色を見渡すことができる

最後に、「十王堂跡」の石碑に刻まれている寺名『常光寺』について補足します。

これは、『常光寺』がこの地をはじめ、藤沢市辻堂元町にある『阿弥陀堂跡』などと深い関わりを持つことに由来しています。いずれも藤沢の歴史とゆかりのある場所。『常光寺』では春になると美しい桜も楽しめます。機会があればぜひ訪れてみてください。参考記事:『常光寺』『阿弥陀堂跡

4月には美しい桜が咲く『常光寺』
『阿弥陀堂跡』

基本情報
『閻魔堂跡(法王院十王堂跡)』
住所:藤沢市西俣野805
※駐車場は無いため、行かれる際は公共交通機関をご利用ください。

いいなと思ったら応援しよう!