【戦略】テレビメディアから消えた「変数」と「3つの理由」
⭕️この記事の目的
・テレビメディアに関する考察により
新しい視点を提供すること
【川口浩探検隊】

みなさんこんにちは。発信者です。
今回は「なぜテレビは面白くないのか?」というお話です。
早速ですが『川口浩探検隊』ってご存知でしょうか?
知る人ぞ知る、名番組。
子供の頃の私は、「今日は川口探検隊がある!」と朝から興奮し、番組が始まる5分前にはテレビの前に着席。放送中はずっとテレビにかじりついていました。
番組は、おどろおどろしい効果音、大げさなテロップ、もったいぶったCM前のタメ、といったテレビ業界が誇る素晴らしい演出によって進行されていきます。
アマゾンの奥地に潜むヘビ、謎の遺跡、人類未踏の地底など、想像もできない場所に、どんな危険が待っているかも分からないのに、探検隊は進む。
そして、結局なにか出てきたのか出てこなかったのか、なにか見つけたのか見つからなかったのか、よく分からないまま、番組は終了。
しかし幼かった私の心には、強烈な「スゴいものを見た」という印象だけが残ったのです。
↓川口浩探検シリーズ
1. 「変数」の消失

『川口浩探検隊シリーズ』は、いくら子供だったとはいえ、なぜ私の心にあれほどの強烈な印象を残したのでしょうか。
当時のテレビは、今ほどコンプライアンスなどに厳しくなかったため、結構際どい映像もありました。
そのため、この番組についても、「なにか本当に恐ろしいものが映ってしまうんじゃないか」などの、「意味不明な、変数への期待」というものがあったのだと思います。
「予定調和」ではあるんだけど、「完璧な予定調和」ではない、不完全なもの。
「お約束」ではあるんだけど、そこまで辿り着くのには、視聴者の予想を外すものがたくさん埋め込まれている。
結局何も成し遂げていないんだけど、「見た」という達成感やドキドキ感はある。
そこには「先が読めない」ことの振れ幅の大きさがありました。
今はこういった番組はあまり見かけません。
どの番組も、大きく予想を外すようなことはしない。バラエティ番組ですらそう。ほぼ決まったフレームワークの中で、予定調和に向けてワチャワチャしている、そんな感じでしょうか。
そのため、どの番組を見ていても感情が大きく振れることがあまりない。
予測を外れた動きがないからです。逆に、視聴者の予想や期待どおりに番組を進行させることで、炎上してしまうリスクを避けようとしているように見えます。
一方ドラマは、もともとフィクションですが、訴えたい「テーマ」があるもの。
その「テーマ」の表現方法をそれぞれ工夫して、視聴者の感情の振れ幅を大きくしようとしているのだと思いますが、これもテレビでは制約が多すぎるのか、表現したいことを全部表現できているのか分からない作品がほとんど。
そういった意味では、サブスクでやりたいように番組制作がてきる、NetflixやAmazonプライムなとが伸びるのは、当然のことでしょう。
こうなってくると、見るのはどうしてもスポーツになってしまいます。
スポーツに予定調和はありません。ルールの中で、始まりから様々な過程を経て辿り着く結果まで、何が起こるか分からない、「変数の固まり」です。
審判の誤審、急な天候悪化、人間ならではのミスなど、「変数」だらけ。
だからこそ、視聴者の感情の振れ幅が大きくなる。だからこそ面白いし、感動する。
ではなぜ、テレビはここまで変数を排除するようになってしまったのでしょうか?
ここからはあまり大きな声では言えない私の本音です。
2. 「変数」の排除
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