【社会】【仕事】「心を殺す」ことが「自分に優しくない」理由
みなさんこんにちは。発信者です。
今回は「仕事に対する姿勢」のお話です。
SNSを開くと、こんな言葉が溢れています。
「仕事は単なる金を稼ぐための手段」
「上司は人格のない記号だと思え」
「社畜になるな、割り切れ」
1.内面的行動の「矛盾」
まずこれらの言葉を元にした行動は、表情や態度に出すことを前提としておらず、
あくまでも「自分の心の中で行うもの」、いわゆる「内面的行動」と定義できます。
では、これらの内面的行動の「目的」は何でしょう?
これは、現在の仕事に、個人のリソースを全振りすることによる金銭的なリスクやキャリアのリスク、また無理して身体を壊すリスクなどを避ける、といったことが目的だと思われます。
平たくいうと
🍀「自分の心身・人生を守るため」
と定義できます。
次に、内面的行動をとる「状況」を、考えてみます。
💴「お金が絶対必要なので仕事には行く」
🧑🤝🧑「仕事内容はキツいけど人間関係はサイコー」
😮💨「仕事そのものは好きだけど上司がイヤ」
等々、、、
ここには、
仕事の好き嫌いに関わらず、何らかの理由で
「仕事には行かないといけない」状況がある
と思われます。
仕事を辞めると、内面的行動をとる状況自体がなくなるので、あくまでも、仕事は続ける前提での行動、となります。
総合すると、
「仕事にはネックがあるけれど、心身の健康を守りながら、今の会社で働かざるを得ない何らかの理由がある」
というところ、でしょうか。
では、これらの内面的行動を実行している人について見てみます。
これは、2種類の人に分かれると思います。
🥹心から「そうしたい」と思って実行している人
🙂それ以外の人
この内、「それ以外の人」は、
「できればそういう内面的行動はしたくない」
と思っている中で行動しているわけなので、
自分の気持ちとは違う行動をとっています。
すなわち、
😑「自分の心を殺して無理している」
と言えるのではないでしょうか。
ん?
「自分の心身・人生を守る」ために、「自分の心を殺して無理している」?
なんか変ですね。
2.「社会人」とは
私たちは、高校や大学を卒業して就職することを「社会人になる」と言います。
しかし、厳密には変です。
本来、社会人とは
🌐「社会という共同体の一員」
を意味します。
従って、
私たちは生まれた瞬間から社会人であり、
就職しても、
働いている間も、
退職した後も、
別に働いていなくても、
死ぬまで社会人なのです。
しかし日本では、
一般的に「社会人=仕事人」
という意味に捉えられる場合が多い。
この「社会人=仕事人」という捉え方は、
「仕事をしていない時間は、社会に貢献していない」
という感覚を包含しています。
加えて、自らを組織に「質入れ」するような
パラダイムを生んでいるよう。
さらに、「キャリア」という言葉も、
多くは仕事のキャリアに限定されています。
大学を卒業してから、
働いたり、
学校に入り直して勉強したり、
また働いたり、
ちょっとリタイヤして家庭に入ったり、
また働いたり
というような仕事だけにこだわらないキャリアも、もっと一般的なキャリアとして認識されてもいいのに、と思います。
少し話が逸れました。
何が申し上げたいかというと、
自分の「心を殺して」まで行っている会社は
あくまでも社会の一つであり、
そもそも仕事をしていてもしていなくても、
「生きているだけで社会人なんだ」
ということ。
3.「心を殺す」ことの損失
「仕事に感情を持ち込まない」
そうアドバイスする人は、絶対にあなたの人生の責任を取ってくれない。
人は、他人の人生に関する責任は取れない。
自分の人生の責任を取れるのは、自分だけ。
当たり前のことです。
先述したとおり、
「今の会社で働かざるを得ない人」は、
本人が望む望まないに関わらず、
当面の人生の多くの時間を、仕事をして過ごします。
そして、人間は明日どうなるか分からない。
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