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なぜ人は物語に動かされてしまうのか?⑤

第4節 強い物語の系譜 ジャンプ-アイドル-三島由紀夫

現代にいたるまで物語は一直線に解体されてきた。
より正確には、物語の中の、それまでお決まりとされていた価値観が少しずつ削られてきた。
「正義は勝つ」「結婚すれば幸せ」「努力すれば報われる」という価値の基準がなくなると、物語の登場人物は人生における明確な目的を失い、苦しんだり、漂流したりした。結果、物語は弱々しくなった。でも、現代の読者はそのような弱い物語を選んだ。なぜなら、価値観が多様化した現代では、読者は価値基準が決まっている物語には、もう感情移入できなくなってしまったからだ。弱い物語は、不安をもって、人々を動かす。

でも、このまますべての物語が、登場人物が苦しんだり、漂流したりする弱い物語になってしまったら、つまらなすぎないだろうか?強い物語はもう作られないのだろうか?
 
K
これからはもう強い物語は作られないの?

AI
そうではありません。
強い物語は今でも人気です。

K
そうなの?

AI
はい。
典型的な例では、少年漫画は強い物語が多いです。
たとえば『ドラゴンボール』には、「努力すれば強くなれる」「正義は勝つ」という明確な価値基準があります。主人公は強敵を倒し、子どもたちは悟空の必殺技を真似します。

K
たしかに! カメハメ波はみんな真似したよね。
他にも『ダイの大冒険』のアバンストラッシュとか、今の子なら『ワンピース』や『鬼滅の刃』の技を真似してるんだろうな。

AI
面白いのは、子どもたちがマネしているのは技だけではないことです。

K
というと?

AI
主人公たちが大切だと考えている価値観も、一緒に受け取っています。

K
ああ、なるほど。

AI
少年ジャンプは「努力・友情・勝利」とよく言われます。努力すれば仲間ができ、最後には勝利する。価値基準が非常に分かりやすい物語なんです。

K
でも、『ドラゴンボール』って結構昔の作品だよね。
さっき話したように、昔の価値観は受け入れられなくなってるんじゃないの?

AI
その通りです。
最近の少年漫画では、悪役にも事情があることが丁寧に描かれるようになりました。「悪だから倒す」だけでは、読者が納得しにくくなったからです。

K
じゃあ、強い物語も弱くなってる?

AI
一部はそうです。
しかし、それと同時に、強い物語は別の場所へ移動しました。

K
移動?

AI 
はい。現代人は「結婚すれば幸せ」のような社会全体の価値観には従えなくなりました。しかし、「人気者になる」「成功する」という価値基準には、今でも強く動かされます。
このため、強い物語はアイドルの成功物語などに引き継がれました。

K
アイドル!

AI 
その通りです。
無名のアイドルが努力し、ファンを増やし、ランキングを上げていく。現代では、この「上昇」が強い物語になっています。

K
レベルアップみたいだね。

AI 
はい。
現代では、「何が正しいか」は共有できなくても、「上へ進むこと」は共有しやすい価値基準なんです。

K
なるほど。
強い物語はなくなったんじゃなくて、「正義」から「上昇」に移動したんだ。

AI 
そうです。そして、強い物語は価値基準が強いほど、人を強く動かします。

K
動かす?価値基準が強いほど?

AI 
はい。強い物語には、人を「こう生きたい」と思わせる力があります。だから子どもは必殺技を真似し、若者はアイドルの成功物語に熱狂します。

K
たしかに、ただ見てるだけじゃないね。自分も強くなりたい、成功したいって気持ちになる。

AI 
そうです。強い物語は、「どこへ向かえばいいか」を与えます。つまり、人を前へ進ませる推進力になるんです。

K
たしかに、強い物語って、進む方向が決まってる感じがする。

AI 
はい。そして、強い物語は、価値基準が強いほど、人を強く動かします。

K
価値基準が強いほど?

AI 
たとえば、アイドルの成功物語では、「人気」「成功」「上昇」が価値基準になります。努力すれば人気者になれる。人気者になれば成功できる。これは非常に強い推進力です。

K
うん。上へ行くレールがある感じだ。

AI 
はい。
価値基準が絶対的と言っていいほど強くなるほど、物語は人を前へ進ませるだけでなく、その人生そのものを支配し始めます。

K
人生まで支配する……。

AI
たとえば、国家、宗教、革命…あるいは「美」です。

K
美?

AI
その極限を描いた作家が三島由紀夫です。

K
三島!


AI
三島由紀夫という昭和の作家は
「美」を絶対的な価値基準として物語を構築しました。
『金閣寺』という作品では、金閣寺が絶対的に美しいものとして固定されています。
この物語の中で金閣は相対化できないし、揺らがない。

父によれば、金閣ほど美しいものは地上になく、又金閣というその字面、その音韻から、私の心が書き出した金閣は、途方もないものであった。

三島由紀夫「金閣寺」1956年

K
でも、それって努力や成功とかと同じ価値観の一つじゃないの?

AI
違います。
問題はその価値が「絶対であることです。
主人公の溝口にとって、金閣寺の美は
「これのためなら命をかけてもいい」という価値です。

K
命をかける……。

AI
はい。三島由紀夫は、「命より大切な価値」を描こうとしました。彼にとって、美や純粋性、そして天皇は、人生より上に存在する絶対的な価値基準だったのです。そこまで行くと、物語は単に人を前へ進ませるだけではなく、人の人生そのものを飲み込み始めます。

K
飲み込む?

AI
はい。極端に強い物語は、「どう生きるべきか」を絶対的に規定します。すると、人は物語に従って、自分の人生そのものを変えてしまうことがあります。

K
怖いね。

AI
はい。しかし同時に、人はそのような強い物語に強く惹かれます。なぜなら、そこには迷いがないからです。

K
ここが一番、強い物語。

AI
はい。
しかし同時に、絶対的な価値には危険もあります。価値を疑えなくなるからです。

K
疑えない?

AI
はい。
普通なら「そんな価値観もあるよね」と距離を取れます。しかし、絶対的な価値は距離を許しません。

K
なるほど。

AI
すると、自分と価値が衝突したとき、価値を相対化することができません。
ここで、相対化とは、たとえば金閣寺以外にも価値のあるものを見つけることです。残るのは、①自分を壊すか、②価値を壊すかです。『金閣寺』の主人公・溝口は後者を選びました。

K
え、ええ、まぁ、論理的には逃げ場がないよね。。。

AI
『金閣寺』の中で、自分が住職になれないという事実が確定します。
自分が金閣寺に届かないと分かり、ずっと無力感と劣等感が続く。
その無力感から逃れるためには、金閣をなくせばよいと、気付きます。
だから、火をつけて焼くことになります。

「金閣は無力じゃない。決して無力じゃない。しかし凡ての無力の根元なんだ」
(中略)
「金閣を焼かねばならぬ」

三島由紀夫「金閣寺」1956年

K
だから焼くの?!極端すぎない?

AI
溝口自身には、もうそれしか残っていないように見えたんです。

K
溝口、不思議な人間だね。

AI
はい。しかし、もっと不思議なのは三島本人です。

K
どういうこと?

AI
溝口は金閣を絶対的な価値だと信じています。
しかし、実は三島自身は、国家や天皇のような絶対的な価値基準が人間によって作られたものだと理解していました。

K
え?理解してたの?
じゃあ、溝口と三島は違うじゃん。
じゃあ、なんでそんなものにこだわるの?

AI
はい。だからこそ不思議なんです。作られた物語だと知りながら、それでも命を懸けられる価値を求め続けました。

K
どういうこと?

AI
作られた物語だと知りながら、それでも命を賭けられる価値を求めた。
普通の価値基準ならば、他にも道がある。
価値基準を相対化して軽く生きることや、新しく価値基準を作ることもできます。たとえば、銀閣寺にも価値があると考えることができれば、金閣寺だけが絶対的な価値ではなくなります。
でも、三島はどちらも選ばなかった。

K
じゃあ、何をしたの?

AI
三島は、相対化することを選ばなかった。そして最後には、「①自分を壊す」を選択しました。
虚構だと分かっている価値基準に、あえて命を賭けた。
三島は小説の中では「②価値を壊す」人間を書いた。そして、自分自身は逆に、価値のために「①自分を壊す」を選択した。
三島由紀夫は、命より上位の価値が存在することを、自らの身体で証明しようとしたかのように、1970年に割腹自殺をしました。

K
ひぃぃ。それって本末転倒じゃない?
人間のための物語なのに物語のために死んだの?

AI
はい。
三島自身はそうは考えませんでした。彼にとっては、物語のために死んだのではなく、自分が本当に価値があると思ったもののために生きた結果だったんです。どれだけそれが身体を貫くか。それだけが現実だった。
でも外から見ると、人間のための物語なのに、物語のために死んだようにも見えます。

K
だから、命を賭けることで本物にする?

AI
そう。
物語を信じるのではなく、行為によって物語を現実に変える。

K
そ、そんな生き方もあるんだね。

AI
はい。
だから、三島由紀夫は自分の物語を最後まで生き切ろうとしました。つまり彼は、自分自身を、強い物語の登場人物にしてしまったんです。

K
それが、強い物語の行き着く先なんだね。

AI 
しかし、三島由紀夫のような生き方を、現代人の多くは選べません。

K 
そりゃそうだ。

AI 
では、絶対的な価値を失った現代人は、どう生きればよいのでしょうか。

K 
弱い物語では、苦しんだり、彷徨ったり。
強い物語では、命までかけたり。
どっちも極端だね。
もっと穏当に運営する物語を作れないのかな?

AI 
その問いに答えようとした作家がいます。

K
いるの?

AI
はい。
「強い物語」から「弱い物語」、そして、その先へ向かった人です。
あなたもよく知っている人ですよ。


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