海座頭と舟の大きさ比べ
鳥山石燕百石乳、海座頭・野寺坊の「海/山」一対なおぼうずあたまたちを造成しておきました。
この2体は「火車」とか「家鳴」とかと比較すると呼び名としてはぜんぜん「おなじみ」ではないので、ヤハリ画像妖怪なんだろうとは思いますが、まだ原典となってる「絵巻物そのもの」や「系統」が不明なやつです。
いつかチョットした片鱗でも出て来てくれるとたのしいのですが、1600~1700年代肉筆ものは、1800年代のものにくらべると総体数が本当にガクッと下がるので(明治はじめの段階で既に骨董品な部類なので、国外に渡っちゃってる率も非常に高い)なかなか出て来ないあたりなのが、非常にもどかしいですね。
海座頭の観察めもでは、いっしょに描かれてる「舟」についても記載しておきました。海坊主みたいなものというイメージですが、「舟」の縮尺の度合いからみると、くじらみたいな途方もない巨大さというわけではないような雰囲気ですネ、というあたりがとりあえずの感想です。

おんなじようなものだと見える普通の舟と、石燕の絵の海座頭の舟の比較はこんなカンジ。
5尺のからだな普通の人々が載ってる舟の絵は『宗祇諸国物語』の、舟が鰐に襲われるはなしの挿絵を持って来て、海座頭の絵の舟をだいたいおなじ寸法に見えるように揃えてみました。いかがなもんでげしょ。

大型な船だったらば、「不知火」の絵の、みかどの乗ってらっしゃる御座船みたいに舳先がもっと頑丈そうで、梵天みたいな飾り(下がり)がついてたりするんですよネ。石燕の描いてる舟のかたちの感覚については、もう少し深めてもみたいですね。
