【ピリカ文庫】卒業【ショートショート】
僕は人前で感情を現さないと決めていた。今日は高校の卒業式だからだ。
僕以外の皆は、志望大学に合格し、春からの新生活に胸を膨らませていた。僕の住む地方都市では大学は東京に進むのが普通だ。志望大学に合格することは地元から離れることを意味する。つまり僕だけが地元に取り残されるということだ。旅立つものは希望にあふれ、残るものは悲しみにあふれる。これが通説だ。
僕の親は地元では有名な医者であり、僕もその跡を継ぐことを期待されていた。いや、これは僕の思い過ごしかもしれない。なぜなら両親に医者になれ、と言われたことはないのだから。好きな道を歩みなさい、なんて言ってくれたけど、心の底では医者になることを期待している、そんな風に思っていた。しかし僕にはどうやらその道は無理らしい、とずっと前から感じていた。現実が重くのしかかる。とにかくこの空虚な時間をやり過ごすために、喜びも、悲しみも全て捨ててしまおうと思ったのは事実だ。卒業式のその日もはしゃぐクラスの皆を横目で見ながら、明日からの変わらぬ日常にため息をついた。
卒業式はつつがなく進行し、クラスでの思い出が川のように流れた。会場は感動に包まれ、万雷の拍手で終わった。僕も正直あふれそうになる感情を抑えるのに必死だった。余韻の中教室に戻ったが、クラスの皆は誰も僕に話しかけてこない。違う道を歩むことになった僕など眼中に無いかというように。そもそも感情を現さないと決めた僕にできることは、いつもと変わらぬ目線で皆を見ることぐらいだ。しかし僕も一応礼儀はわきまえているので「元気でね」「春から楽しみだね」と声をかけるが、希望にあふれた彼らの耳には地元に取り残される僕の言葉は届いていないようだ。
終了のチャイムがなり、僕は1人で教室を去った。明日からの果てしない日常を思いながら。長い廊下がこれからの果てしない人生の象徴に見える。
そんな中、クラスの1人が満面の笑みを見せながら僕を手招きした。一体これ以上なんだというのだ。明日からの希望を僕にも分けてほしい、そう思いながら彼の手招きに従い教室に戻った。教室に戻ると皆が声を合わせて僕に言った。
「先生、今までありがとうございました!」
僕は涙を流した。
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