【考察】MLBが自ら放送局になったのは、勝つためではなく「倒れないため」だった
2026年、メジャーリーグ機構(MLB本体、30球団が共同で運営する組織)が、30球団のうち14球団の中継を自ら直接制作している。野球を「見せてもらう側」だったはずの組織が、なぜ自分で「放送する側」になったのか。
きっかけは、ある放送会社の二度目の経営危機だった。この会社は一度経営破綻し、借金を90億ドルから2億ドルまで削って身軽になったばかりだった。借金は98%近く減ったのに、それでもわずか1年で、また同じ「払えない」という壁にぶつかっている。借金の重さが問題でなかったなら、何が問題だったのか。そしてMLBが自ら引き受けることで、本当に何が変わったのか。
アメリカには、球団専属の放送局がある
前提を先に共有したい。日本でメジャーリーグを見る場合、NHK(BS中心、受信契約が必要)、J SPORTS、SPOTV NOWといった複数のサービスを組み合わせるのが普通だ。実はアメリカも似た構造だが、規模がまったく違う。RSN(Regional Sports Network、地域スポーツネットワーク)という、球団ごとに専属で存在する放送チャンネルがあり、「ドジャースだけを流す専門チャンネル」「ヤンキースだけを流す専門チャンネル」が球団ごとに個別に存在するようなイメージに近い。FOXやNBCの全国放送は土曜・日曜など曜日ごとの特別枠に限られ、1球団あたり年間数十試合程度にすぎない。シーズン162試合の大半はRSNが独占的に中継しており、球団にとってチケット収入と並ぶ主要な収入源になっている。
RSNの収益は、「見ない人からも取れる」仕組みの上に成り立っていた
ここが今回の話の一番大事な前提だ。昔のケーブルテレビは「バンドル」という仕組みで契約プランを組んでいる。契約者は数十チャンネル分のパッケージ料金をまとめて払い、その中にRSNの費用も少額ずつ紛れ込んでいる。野球中継を一度も見ない契約者からも、広く薄く回収できる仕組みだ。ケーブルという入口を握っている限り、実際に見るファンの数とは関係なく、RSNは安定した収入を確保できていた。
ところがこの仕組みは、契約者がケーブルそのものを解約してしまえば根こそぎ崩れる。ネット配信への移行で解約が進む現象を「コードカッティング」と呼ぶが、これが起きると「見ない人からの薄い集金」という土台が消え、残るのは実際に月額を払って個別に契約してくれる、本当にコアなファンだけになる。母集団が「ケーブル契約者全員」から「わざわざ契約するファン」へ一気に縮むわけで、RSNが他の映像コンテンツ業界より先に収益の壁にぶつかったのは、この収益構造そのものが理由だったと言える。
この放送会社は、一度死んで、生き返ったばかりだった
このRSN業界を長年支配していたのが、Diamond Sports Groupという会社だ。同社は2019年から2025年までの間に、契約者を2500万人も失った。アメリカ全体で見ても、ケーブル・衛星契約を続けている家庭は現在4320万戸、普及率はわずか34%まで落ち込んでいる。
契約者減に耐えられなくなったDiamond Sports Groupは2023年に経営破綻(連邦破産法11章の適用)した。約2年にわたる再建手続きを経て、90億ドルあった債務を2億ドルまで圧縮するという大がかりな身軽化を果たし、2025年1月に「Main Street Sports Group」と名前を変えて再出発した。身軽になった、まさにその会社である。
わずか1年後、また支払いが止まった
2026年1月8日、ブレーブス・レッズ・タイガース・ロイヤルズ・エンゼルス・マーリンズ・ブルワーズ・カージナルス・レイズの9球団が、一斉にMain Street Sportsとの契約を解除した。原因は同社が球団への放映権料の支払いを止めたことだ。カージナルスへの支払いは前年12月から止まっており、マーリンズへの支払いも1月1日の期限に間に合わなかった。当時、同社は動画配信大手DAZNへの売却交渉も進めていたが、これも不成立に終わっている。DAZNは買収の条件として、各球団にさらなる放映権料の引き下げと、デジタル配信権まで含めた権利の譲渡を求めたと報じられている。要するに、収益が縮み続けるこの事業を、今の金額で引き受けたい買い手はどこにもいなかった。当時Main Street Sportsが球団に対して抱えていた未払いは、合計で約1億8000万ドルにのぼっていたという。借金を減らしても、母集団が縮んだままの収入源では、また同じ壁にぶつかったということだ。Diamond Sports Groupの放送収入は、2024年の21.7億ドルから2025年には17.5億ドル(19%減)、2026年は16.5億ドルまで落ち込む見通しだという。
MLBが動いた——ただし全員が同じ道を選んだわけではない
行き場を失った9球団のうち、レッズ・タイガース・ロイヤルズ・マーリンズ・ブルワーズ・カージナルス・レイズの7球団は、MLB本体が直接放送を制作する「MLB Local Media」に合流した。これに、2025年から先行してMLBの傘下に入っていたダイヤモンドバックス・ガーディアンズ・ロッキーズ・ツインズ・パドレス・マリナーズ・ナショナルズの7球団を合わせ、合計14球団がMLBの直接運営下に入っている。
一方、同じ9球団の中でもブレーブスとエンゼルスはMLBに委ねず、それぞれ独自に放送体制を組み直した(エンゼルスは自らRSNを買収)。さらに、今回の9球団には含まれていなかったアストロズも、NBAのロケッツと提携して新たなRSN(Space City Home Network)を立ち上げている。同じ危機に直面しながら、「MLBに委ねる」「自分で買い取る」「他社と組んで作る」という3つの答えに分かれたことになる。
ちなみに、ヤンキースやドジャースといった球団の名前がここに出てこないのには理由がある。両球団はそれぞれ自局(ヤンキースの「YESネットワーク」、ドジャースの「SportsNet LA」)を球団自身が共同所有する形で持っており、そもそもMain Street Sportsのような外部の放送会社に「委託する客」の立場ではなかった。今回崩れたのは、あくまで「放送局を自分で持たず、外部業者に丸ごと委託していた球団」の側の仕組みだ。
これは2球団だけの特殊事情ではない。MLBに合流しなかった残り16球団を見渡すと、レッドソックス(NESN)・メッツ(SNY)・カブス(Marquee)・パイレーツ(SportsNet Pittsburgh)・レンジャーズ(Rangers Sports Network)・ホワイトソックス(Chicago Sports Network、ブルズ・ブラックホークスと共同)・オリオールズ(MASN)・ブルージェイズ(Sportsnet、親会社ロジャースが保有)・ブレーブス・アストロズ・エンゼルスまで、実に13球団が自局を所有または共同所有している。つまり「MLBに委ねなかった球団」の大半は、もともと自分で持てる体格を備えていた側だったことになる。
一方、今回MLBに合流した14球団の多くは、単独では自前の放送局を維持するだけの規模を持てず、他の球団と一緒にMLBという大きな傘の下に入る方が現実的だった。つまり今回の分岐は、球団ごとの経営判断というより、「自分で持てる体格があるか」という一点で、あらかじめ市場が球団を仕分けていた結果だったと見るべきだ。
私の見立て
ここで見えてくるのは、「自分で持つ・外部委託する」という選択そのものにリスクの差があったという構図だ。Main Street Sportsは借入で資金を回す一民間企業で、投資家や債権者に返済を続けなければならない立場にあった。収入が細る中でその返済義務を負っていたからこそ、球団への支払いを止めるところまで追い込まれた。ヤンキースやドジャースが自分で持つ側に回れたのは、単に規模が大きいからではなく、「返済に追われる外部業者」というリスクの震源そのものを、自分の外に置かずに済んだからだ。
MLBが14球団分の放送を自ら引き受けたのも、同じ理屈で説明できる。MLBは、投資家や債権者への返済に追われる一民間企業ではなく、球団自身が共同で運営する組織だ。Main Street Sportsのように「外部の資金提供者に返済し続けなければならない立場」を背負っていないぶん、今回の14球団は、収入が減っても「約束していた金額を球団に支払えなくなる」という、Main Street Sportsが陥ったのと同じ破局には直結しにくい立場を手に入れたことになる。
ただし、これで安心とは言えない。MLBが変えられるのは「誰が返済に追われる立場に立つか」という構造だけで、「ファンの母集団が縮んでいる」という根本の逆風そのものは、運営者が誰であっても止められない。放送は本来MLBの本業でもなく、収益が以前より最大25%減るという見立てもある。今回の14球団が手に入れたのは「収入減を克服する方法」ではなく、「収入減が支払い不能という破局に直結しない体質」だ。次にこの体質が本当に試されるのは、収益減がさらに深まったときになるはずだ。
※本文中の放映権・財務データ・各社の対応に関する記述は、複数の公開報道をもとに確認したものである。
📎 直近の分析はこちら:
konkazu|MLBデータアナリスト⚾
結果より、理由が面白い。
※本文の日付は現地時間です。
※ヘッダー画像は生成AIで制作したイメージ画像です。
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