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【二歩目】泥の中の亀でありたい。(「曳尾塗中」)

正月二日です。今日は明治維新の元勲、西郷隆盛の漢詩から。


1.西郷さんの漢詩

賀正     西郷南洲
彭祖(ほうそ) 何ぞ希わん 犬馬の年
塵類に牽かれず 閑権を握る
新生祝賀 人と異なる
静かに誦す 南華(なんげ)の第一篇

彭祖のように長生きができても 犬馬のような歳月ならば望みはしない
塵や芥のような世事に流されず、長閑に時を過ごしたい
みなが新年を祝うめでたい日ですら 私は人とは違ってしまったのだな
静かに荘子の第一篇を読み 逍遥遊をするのだ

『賀正』西郷南洲


荘子

 お正月に作られた「賀正」という西郷さんの漢詩に「南華(なんげ)」という書物が出てきます。『荘子』はかつて『南華真経(なんげしんぎょう)』として、多くの日本人に親しまれてきました。もちろん、西郷さんも『荘子』の愛読者のうちの一人です。今日は『荘子』の曳尾塗中(えいびとちゅう)を。

2.尾を塗中(とちゅう)に曳く

❝莊子釣於濮水、楚王使大夫二人往先焉。曰「願以境内累矣」莊子持竿不顧、曰「吾聞楚有神龜、死已三千年矣、王巾笥而藏之廟堂之上。此龜者、寧其死為留骨而貴乎、寧其生而曳尾於塗中乎?」二大夫曰「寧生而曳尾塗中。」莊子曰「往矣、吾將曳尾於塗中。」❞
→荘子が濮水(ぼくすい)で釣りをしていたところ、楚王の二人の使者がやってきて「あなたに楚の国の政治をお任せしたい」と言ってきた。荘子は釣竿を持ったまま、釣り糸を見つめながらこう言った。「楚の国には神龜という亀がいるそうですね。死んでからすでに三千年も経っていて、楚王はこれを大事にして、廟堂に祀っていると聞きます。その亀からすると、死んで骨を大事に祀られていることを望んだのでしょうか?それとも、泥の中で尻尾を振って生きていくことを望んだでしょうか?」使者は「泥の中で生きていたいと望んだでしょうな」と答えた。すると荘子はこう言った「お行きなさい。私も泥の中で尻尾を振りながら生きていたいのだ。」

『荘子』秋水 第十七


尾を塗中(トチュウ)に曳(ひ)く

 楚という大国に政治家になってくれないかと使いが来たところ、荘子は「泥の中の亀として、尻尾を振って生きていたい」として、その誘いを拒絶しました(なんてリンダリンダな)。この荘子のお話から「尾を塗中(とちゅう)に曳(ひ)く」「曳尾塗中(えいびとちゅう)」という成語ができました。「高い地位を得て窮屈な生活をするより、低い地位でも自由に暮らすほうがよいことのたとえ」として辞書にも載っています。

釣りをするスナフキンとムーミン

 荘子が生きた時代は春秋戦国時代。各国の諸侯が人材を探し求め、優秀な人材を厚遇して登用していました。選ばれる人材の中にも自分の能力について諸侯に積極的にアピールする者も少なくはありませんでした。今の日本でいうと「勉強をして」➙「いい学校に入って」➙「官僚になって」➙「恵まれた生活をする」というような生き方が優秀な人の一つの成功ルートとして存在していますが、荘子が望むのはそのような生き方とは違うということですね。個人的には、この話を読むといつもムーミンに出てくるスナフキンを連想してしまいます。スナフキンの思想や生活態度はお手本のような老荘思想と呼んでいいと思います。

3.三千年祀られた亀

 ちなみに、途中で荘子が「三千年祀られた亀の甲羅」の話をしていますが、これは古代中国で盛んにおこなわれた占い「亀卜(きぼく)」に使われたものです。亀卜とは亀の甲羅を炙って、その亀裂の形状から未来を占うというもので、この時に使われる亀の甲羅には優劣があって、よく当たる亀の甲羅はとても珍重されたようです。「亀卜」は後に日本にも伝わって、日本書紀などでも記録されていますが、現在でも皇室の宮中祭祀や、対馬などの一部地域のお祭りなどで存続しているようです。

4.隠遁の思想のシンボル

荘子

 『荘子』という書物の一つの特徴ですが、『荘子』には政治思想に関する記述がほとんどありません。地位や権力や財力を志向するというのは一種の人間の性とも呼べるものでしょうが、荘子は徹底してそれらから距離を置きます。こういった姿勢が後世の隠逸・隠遁の思想に受け継がれていくのですが、これについてはのちほど。

西郷隆盛

 冒頭に載せた西郷さんの漢詩は、明治六年政変で下野し、鹿児島へ帰ったころに作られたものです。西郷さんがお正月に『荘子』を読んでいたのも、権力闘争に明け暮れる政治の世界から離れて、故郷で静かな生活を求めた結果であろうと思います。

長くなりそうなので、二歩目はここまで。続きは第三歩目でお会いしましょう。それではTutaonana!

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