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【十一歩目】大鳥となって天を翔けよ - 大鵬図南 -


1.巨大な鳥は南へと飛び立つ。

今回は十一歩目、『荘子』の第一篇、逍遥游篇の始まりから。

❝北冥有魚、其名為鯤。鯤之大、不知其幾千里也。化而為鳥、其名為鵬。鵬之背、不知其幾千里也。怒而飛、其翼若垂天之雲。是鳥也、海運則將徙於南冥。南冥者、天池也。齊諧者、志怪者也。諧之言曰「鵬之徙於南冥也、水?三千里、摶扶搖而上者九萬里、去以六月息者也。」野馬也、塵埃也、生物之以息相吹也。天之蒼蒼、其正色邪。其遠而無所至極邪、其視下也亦若是、則已矣。且夫水之積也不厚、則其負大舟也無力。覆杯水於?堂之上、則芥為之舟、置杯焉則膠、水淺而舟大也。風之積也不厚、則其負大翼也無力。故九萬里則風斯在下矣、而後乃今培風。背負青天而莫之夭閼者、而後乃今將圖南。❞
➙ 北冥に魚がいる。その名を鯤(こん)という。鯤の巨大さたるや幾千里あるかわからないほどだ。化して鳥となり、その名を鵬(ほう)という。翼を広げた鵬の巨大さたるや、これまた幾千里あるかわからないほどだ。ひとたび鵬が飛び立つとなれば、その翼は天空に雲がたれこめるのと見紛うばかり。大海に嵐が湧き起こるのを見るにおよび、巨鳥はおもむろに南冥へと飛び行く。南冥とは天の池のことだ。怪しげな事象を記述する『齊諧(さいかい)』によれば、「鵬が南冥へと移るとき、三千里の水面を打ち、風の助けを得て、半年もの間休むことなく、九万里の空へと上昇する。」とある。見るがいい、陽炎が立ちのぼり、塵埃が吹き流れ、生物が互いに息づいていいる地上の様を。空が青々としているのは、「本当の空の色」なのだろうか?限りなく遠いところにあるから青く見えるのではないだろうか?鵬の高みから見下ろせば、この大地は青一色なのだろう。水かさが減りすぎると、大きな船を支えることができないように、土間に杯の水を零しても、せいぜい埃を浮かばせるくらいのものだ。杯を乗せたところで地面に足がついてしまう。風もその厚みがなければ大鵬の翼を支えることはできない。大鵬は己を支える風を求めて、遥かなる上空に舞い上がり、しかる後に進むべき道を定める。背負うのは蒼天のみ。さえぎるものの何一つない大空で、大鵬は今まさに南を目指そうとしている。

『荘子』逍遥游 第一


鯤(こん)と鵬(ほう)

『荘子』の冒頭、逍遥游篇は壮大なお話から始まります。何千里もあるという巨大な魚が、空を覆う雲と見紛う巨大な大鳥に変容して、九万里の空へと上昇し、半年の間、南の空を目指して飛び続ける、というお話です。『荘子』という書物の入り口であり、大変な美文でもあるので、日本でも古くから愛された文章です。

「偶成」  伊達政宗

邪法迷邦唱不終  邦を惑わす邪法を唱える者は尽きず 
欲征蠻國未成功  蛮国を平らげようとすれど成功を見ない
圖南鵬翼何時奮  図南する鵬の翼は、いつはばたくのか
久待扶搖萬里風  万里の彼方より久しくその風を待っている

「偶成」 伊達政宗

2.怪力乱神を語る荘子。

孔子の言行録である『論語』に有名な一説があります。

❝子不語怪力亂神。❞
➙ 先生は怪しげなこと、暴力のこと、秩序を乱すこと、鬼神のことについて語られることはなかった。

『論語』述而第七

 「怪力乱神を語らず。」孔子の思想は、理性的で現実主義的で人間中心主義的なものです。孔子によって発展した儒学も、非現実的な、超自然的な事象や暴力についての言動には批判的な態度をとります。

 儒家の非現実的なものや暴力に対する姿勢は、節度のある大人としては大変立派なものですが、『荘子』という書物はこれに真っ向から対峙します。儒家があまり関心を持たなかった神話の世界をベースにした空想の話をもってきて、荘子は、「孔子が語らなかったこと」について筆をすすめていくわけです。

3.この世界は青一色なのだろう。

 (Geminiに逍遥游篇の鯤(こん)と鵬(ほう)のお話を読ませたら、こんなイラストを描いていたので採用。)

鯤(こん)と鵬(ほう)

 この空想上の巨大な生物のお話、特に「鵬(ほう)」などは「大鵬」とも呼ばれます。このお話で読者は、巨大な鳥となって大空を舞い、地上の様子を眺めているわけですが、ここで面白い表現があります。

❝天之蒼蒼、其正色邪。其遠而無所至極邪、其視下也亦若是、則已矣。❞
➙空が青々としているのは、「本当の空の色」なのだろうか?限りなく遠いところにあるから青く見えるのではないだろうか?鵬の高みから見下ろせば、この大地は青一色なのだろう。

『荘子』逍遥游 第一


青い地球

 「空はなぜ青いのか」というときに、荘子は「遠いからではないか?」と考えています。そうですね、近くにある山は緑でも遠くにある山は青く見えます。19世紀になって空の青さは光の散乱の効果によると分かりましたが、遠ければ遠いほど青く見えるというのは理にかなっています。
 しかし、驚くべきはそのあとで、九万里の高さまで飛翔した鵬が地上を見下ろすと、同じように青く見えるであろうとしている点です。紀元前の書物なんですが、「地球が青い」ということについてばっちり当てています。そうなんですよ、青いんですよ。

4.大鵬を笑うヒグラシやハト。

❝蜩與學鳩笑之曰「我決起而飛、槍?、枋、時則不至而控於地而已矣、奚以之九萬里而南為」適莽蒼者三?而反、腹猶果然、適百里者宿春糧、適千里者三月聚糧。之二蟲又何知。❞
➙ 鵬が飛び立つ姿をみながらヒグラシとハトが笑ってこう言った。「おれたちはニレやマユミの木の間を飛べれば充分だし、たまにおっこちたりもしているけど、あの鳥は九万里の先を目指そうとしている、なんてバカなマネをしているんだろう。」 野原に出かけるくらいなら、三食も携えれば満腹でいられるだろう。百里の先を旅するならば一日中米を搗いて食べ物を用意する必要があり、千里の旅をする人は、三月の間食料の用意に走り回るものだ。ヒグラシやハトに、大鵬の飛翔の意味は分からない。

『荘子』逍遥游 第一

 逍遥游篇では、大鵬の飛翔の後にその飛翔を笑うヒグラシやハトが登場します。(ここで慣れていただきたいんですが、『荘子』という書物では人間以外の動物や虫、妖怪や観念上の存在もぺらぺらとしゃべりだします。)
ここで大鵬が飛翔する九万里の空と、それを笑うヒグラシやハトの世界との対比がなされています。

 この『荘子』の記述から「大鵬の志」「大鵬図南」といった言葉が生まれました。要は「大きな志」という意味で、それにあやかって昭和の名横綱「巨人・大鵬・玉子焼き」の大鵬や白鵬のようなお相撲さんの四股名に使われたりしています。中国でも、首相で李鵬さんという方もいましたし、人名としてはポピュラーなようです。

ちょっと長くなるので十一歩目はここまで。続きは12歩目でお会いしましょう。それでは、Көріскенше (コリスケンシェ)!


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