「親」という子ども時代?ーー映画『バックマン家の人々(Parenthood)』の話
長男が入籍し、間もなく挙式を迎える。人生の大きな節目を前にして、私の脳裏にはある映画のシーンが鮮やかに蘇っている。1989年に公開されたアメリカ映画『バックマン家の人々』。原題を『Parenthood』という。
この映画を初めて観たのは、大学2年の夏だった。サンフランシスコ郊外のバレーオやベネシアという街でホームステイをしていた頃だ。公開直後の熱気の中、現地のシネコンへと足を運んだ、というか、ホストファミリーに車で送ってもらった。
当時の名古屋の映画館といえば、まだ入れ替え制もなく、二本立てが当たり前の時代。指定席で整然と鑑賞する今のシネコンスタイルを初めて目の当たりにし、文化の差に圧倒されたことを覚えている。
英語はまだ今でもスキル不足で、当時も当然ながらほとんど理解できなかったが、ステイ先の幼い子どもが映画を鑑賞し帰宅した直後、興奮気味に「すごく良かった!」と両親に報告していた姿が今も忘れられない。
タイトルの「Parenthood」には、興味深い響きがある。「Childhood(子ども時代)」をもじったようなこの言葉は、単に「親であること」を指すだけではない。親になった者が、迷い、失敗し、子どもと共に右往左往しながら育っていく「親としての成長期」を象徴しているように思う。
この映画は、その Parent の側に立って、子育てと家族の関係を描いた群像劇だった。
長男ギルを中心に、妻との関係、子どもとの向き合い方、兄弟姉妹それぞれの家庭、そして父親との距離。子どもを軸にしながら、親世代、祖父母世代まで含めた「親子関係」が、笑いと哀愁を交えて描かれていく。
映画には、若き日のキアヌ・リーヴスや、ゴーストバスターズで知られるリック・モラリスなど、今見ると驚くような顔ぶれが登場する。
中でもキアヌ演じる青年の放つ言葉は重かった。
犬を飼うにも許可がいるのに、父親には誰でも無許可でなれてしまう。
虐待家庭で育った青年の叫びだが、それは同時に、誰もが「ぶっつけ本番」で親という大役を任されることの危うさと責任を突きつけてくる。
この映画を象徴する、私の一番好きな場面がある。いや、いくつもあるのだが、このシーンもその一つに数えられる。
育児や人生問題で議論していた主人公・ギルに対し、老いた母親が語るエピソードだ。
19歳の時に遊園地に行ったの。
ジェットコースターに乗ったら上ったり下ったり。
怖かったから何度も乗りたいと思った。胸が悪くなるほど怖くて、でも同時にスリルでワクワクした。
友達はそれが嫌だとメリーゴーランドに。
あんなの、ただ回るだけ。
ジェットコースターの方がずっと楽しいよ。
最初は「こんな時に遊園地の話か」と毒づいていたギルだが、物語の終盤、学芸会でトラブルが続出するパニック状態の中、ふと気づく。この混乱こそが、母の言っていたジェットコースターなのだと。そして彼は、その状況を妻と共に笑い飛ばし、楽しみ始める。
この視点こそ、子育て、ひいては人生の真理ではないだろうか。
思い通りにいかないこと、歯を食いしばるほど苦しいこと、叫びたくなるような瞬間。それらすべてが、人生というコースターのアップダウンであり、醍醐味なのだ。
実際には、社会変化だけで、十分に大きすぎるジェットコースターなので、自分の生活ぐらいは、もうメリーゴーランドぐらいにしたい、と思うことはありますよ。確かに。
でも、それらも全部含めて、困難を積極的に楽しもうよ、と呼びかけられているようで、涙がこぼれた。
私も妻と30年近い月日を歩んできた。長男は27歳、次男は25歳になった。振り返れば、穏やかなメリーゴーランドのような日よりも、激しく揺さぶられるジェットコースターのような日の方が多かったかもしれない。
そうでもないかな。
でも今は、心から「この人生で良かった、ラッキーだった」と思える。
新しく家族を持つ息子や、園に通う保護者の方々、そしてこれから親になる人たちに伝えたい。
「Parenthood」という、未熟で、不完全で、けれど最高にエキサイティングな時間を、どうか存分にエンジョイしてほしい。
直接言葉にしなくても、「大好きだよ」「信頼しているよ」という想いを、日々の喧騒の中に忍び込ませながら。
あの映画には、他にも素敵なシーンがいっぱいあった。
リック・モラリス演じる旦那さんが、奥さんの職場、なんと学校の教室に押しかけて歌い始める、カーペンターズの(They Long to Be)Close to You(遥かなる影)。
あの場面も素敵だった。
ギルの姪っ子が、その夫、それがキアヌ・リーヴスの演じる青年だったけど、カーレースで事故になって、そこへ駆けつけるときに母親のかけた言葉。
これが結婚というものなのよ。
ぐっと胸をつかまれるような思いだった。
最後は、新しい命が誕生し、家族が寄り添うラストシーン。
とても幸福な場面だった。
40年近く前の映画だが、今も色褪せることはない。
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