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妄想を想像し、想像を創造する


「少年よ、大志を抱け」

この言葉の意味を、最近よく考えます。

古い記憶を辿れば、

小学校1年の時の文集に
「横山やすしさんを超える漫才師になりたい」
と書いていました。

小さい頃の僕には、
ちゃんと「夢」と呼べる大志はあったようです。

けれど、徐々に日々の「現実」に忙殺され、
夢見ることすらできなくなっていきました。

恐ろしく迫り来る毎日に、振り回され、
その日その日を乗り切るのに必死だったのです。


30代後半になって、やっと気づきました。

自分の頭の中で渦巻く「妄想」を、
ただ眺めるだけでなく、積極的に想像してみる。

そしてその想像したものを、
今度は「創造」へと変えていく。

妄想を想像し、想像を創造する。

それが、今の僕にとって大切な営みになっています。


妄想は、創造の種

大人になるにつれて、
人は夢見ることを忘れがちです。

現実の重さに押しつぶされ、
「その日を乗り切る」だけで精一杯になります。

けれど、忘れてはいけないのは、
妄想こそが、想像の原動力だということです。

・「もしあの時、違う選択をしていたら」
・「いつか、こんな生き方をしていけたら」
・「本当の自分は、もっと自由で、もっと素敵な存在なんじゃないか」

こうした妄想を、ただの夢想で終わらせない。
それを丁寧に想像し、形を与え、
現実に少しずつ近づけていく。

それが「想像を創造する」ということだと思います。


想像を創造する喜び

創作する人たちは、みんなこのプロセスを
生きています。

小説家は自分の妄想を想像し、それに言葉を創造する。

音楽家は心に浮かぶイメージを想像し、メロディに創造する。

画家は頭の中の景色を想像し、キャンバスに創造する。

たとえプロでなくても、日々の生活の中で
「想像を創造する」ことはできます。

・妄想した理想の自分を想像して、
 今日の行動を少し変えてみる
・頭の中に浮かんだ物語を、noteに書いてみる
・心に響いた風景を、写真に残してみる

このような行為を繰り返すことで、
失いかけていた「大志」が、
再び息を吹き返してきます。


鏡の部屋から、創造の扉へ

妄想を想像するだけなら、
それはただの内省で終わってしまいます。

でも、そこから一歩を踏み出して
「創造する」ことに意味があります。

「自分」という存在を客観的に眺めながらも、
その妄想を素材にして、
新しい何かを生み出していく。

少し勇気がいりますが、どこまでも自由で、
軽やかな感覚です。

大志を抱けなくなった少年は、
妄想を想像し、想像を創造することで、
もう一度、自分の人生を「物語」として
紡ぎ直すことができるのかもしれません。


あなたは今、どんな妄想を抱いていますか?
そしてその妄想を、どこまで想像して、
どこまで創造できそうですか?

この記事が、
あなたの「想像を創造する」きっかけになれば、
とても嬉しいです。



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コンダテさん 最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。 僕は近畿在住ですが、いただいたチップを貯めて、 日本全国、直接お会いできるような機会の創設資金に充てさせていただきます。 浄化槽から始まるご縁、よろしくお願いいたします!