noteはじめます。パン屋の親父が、今あえてペンを執る理由
はじめまして、いのうえ まこと(井上 誠) と申します。
茨城県下妻市という片田舎からはじまった「粉とクリーム」というベーカリーを経営して33年になります。
また、地域への社会奉仕活動や、趣味の旅や食事、そして愛猫との暮らしを大切にする、どこにでもいる「パン屋の親父」でもあります。

これまで私は、Facebookという場所で、友人に限定して日々の出来事や考えを発信してきました。 しかし今日、私はこの「note」という新しい場所で、より広く、より深く、言葉を紡いでいこうと思います。
今回は、なぜ今、私が新しい発信を始めるのか。
その理由をお話しします。
日々流れていくフィードや「いいね」では伝えきれないこと
Facebookは心地よい場所です。気心の知れた友人たちが、私の投稿に「いいね」をくれ、共感してくれます。
しかし、 経営者として日々直面する決断、 社会奉仕活動への情熱、 あるいは、私が今、直面している課題への感情や想い。 また、たまには、まったりした趣味や旅のこと。 これらは、SNSのタイムラインで流れて消えてしまうような軽いものではありません。
もっと腰を据えて、論理的に、そして時には、あまり見受けない写真や映像を交えて、事の経緯や私の哲学をしっかりと記録に残したい。 「友達」という枠を超えて、同じような課題を持つ経営者や、地域の課題に関心を持つ方々、そして何より「読み応えのある文章」を求める方々に届けたい。 そう考えたとき、Facebookという枠組みが少し手狭に感じるようになりました。
私に流れる血脈として
私には、少し特殊なバックグラウンドがあります。
私事となり恐縮ですが、
私は成島柳北(なるしま りゅうほく)という人物の
玄孫(やしゃご)にあたります。
過去に地元の市報誌のコラムで「成島柳北の孫娘」というタイトルで、柳北の孫娘(私の祖母)と私や家族のことが報じられたことはありますが、私は長年の間、このことはあえて人に語るべきことではないとして生きてまいりました。

ひいひい爺ちゃんである、柳北は、幕末から明治にかけての動乱期、徳川の歴史書「徳川実紀」の執筆や、第14代将軍・徳川家茂公の教育係(侍講)を務め、騎兵頭や外国奉行、会計副総裁といった幕府の要職を歴任しました。
明治維新後、彼は明治新政府からの招請を断り、野に下りました。その後、士族という特権的な身分を捨て、現在の「銀座和光」の場所に社屋を構えた「朝野新聞(ちょうやしんぶん)」の社長として、ジャーナリズムの世界に身を投じました。 また、当時、旧幕府側の人間としては異例ともいえる東本願寺の欧米視察に随行し、広い世界を見聞しています。
彼は、薩長が中心の明治新政府において、あくまで幕府出身のひとりの人間として生きる道を選びました。時の明治政府から、文部省の要職(大臣クラス)への就任を、木戸孝允より求められながらもこれを固辞し、
「自らの信じる道」を貫き通したのです。
その結果、藩閥政治による「言論弾圧」や「専制政治」を徹底的に批判し、「言論の自由」を貫こうとしたことで、投獄されるという憂き目にあいますが、その反骨の精神と行動は、後の民主化運動(自由民権運動など)にも大きな影響を与えたと言われています。
彼が権力を捨て、「自らの信じる道」を貫いたように、私の今までの人生の中での反骨の精神と行動に、この血脈が流れていることを強く感じることが多々ありました。
昨年の長い入院生活の中で、自分のDNA(血脈)について深く考える時間がありました。 時に自分の中に沸騰するような熱い血があるのはなぜか。 その疑問から、柳北がなぜ、「言論弾圧」や「専制政治」、「言論の自由」に関して徹底的に戦ったのか、その経緯や今まで知らなかった事実を深く知る機会を得ました。点と点が線で結ばれ、歴史という面を織りなし、やがて私の中で一つの『意志』として立体的に立ち上がってくる。そんな心の境地に達しました。
このことを知るために、神のお導きか、不慮の事故に見舞われたのかもしれません。 「ひいひい爺ちゃんである柳北の行ってきたことを、正しく理解するために、この時間で学び、悟りなさい。今、正義と自由のために、心と行動を、解放しなさい」 そう言われている気がしてなりません。

私が「自らの信じる道」を、今までの人生の中で真正面から立ち向かう道を選んできたのは、まさに柳北から受け継いだ「信じた道のために戦う」という魂が私を突き動かしているからです。 私の行動は、誰かに「やらされている」のではなく、私の血がふつふつとそうさせているのだと確信しました。
現代のおかしな出来事、理不尽な権力構造、そういったものに対し、感情的になるのではなく、ユーモアと鋭い視点を持って切り込んでいく。 それは私のDNAに刻まれた役割のような気がしています。
この場所で伝えていくこと
このnoteでは、ジャンルを絞らず、私、いのうえ まこと(井上 誠)という人間を構成する全ての要素を発信していきます。

◎ 「粉とクリーム」の経営哲学
33年続く店づくりや、店舗開発や、農商連携、商品開発の裏側、人材育成の喜びと苦悩、粉とクリームの楽屋裏。経営観と経営哲学。
◎ 社会奉仕活動とまちづくり・ひとづくり
利己より利他。まちづくり活動での新たな魅力創出の物語、そこで得た達成感と葛藤。そして、地域やひとづくりへの熱い思いと展望。
◎ まちづくりへの思いと未来への展望
引き出しに封印した砂沼サンビーチやまちなか再生を含む真実の記録。誰もやりたくない、きれいごとではない、リアルな地方行政と住民の戦いの記録。そして、未来への提言。
◎ 旅と猫と、柳北と
心を潤す旅の風景、美酒美食の悦び、愛猫の表情、そしてご先祖様への思い

硬軟とりまぜた内容になりますが、
その全てが、いのうえ まこと(井上 誠)という人間であります。
Facebookでは書けなかった
長い文章、深い思索、そして真実の記録、 未来への展望を
ここに綴っていきます。
パンを焼く情熱と同じ熱量で、言葉を練り上げていきますので、
どうぞ末長くお付き合いください。
2026年 1月 13日
井上 誠
