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航空機事故から学ぶ:コリジョンコースが見えない(1)

窓枠でよく見えなかったアエロメヒコ498便空中衝突事故:1986年8月31日の午前11:47、メキシコのTjuana空港から米国Los Angeles空港(LAX) RWY 25Lに向かっていたAero Mexico 498便(DC-9型機)は、空港の南東24NMにあるSeal Beachから250°方向へ、対気速度190ktで6,000ftから降下し、最終着陸態勢に入っていた。その間、同便はTrafficの接近をATCより通報されていた。LAXで管制誘導していたのは、ベテラン管制官の監督下で一人ターミナル管制卓についていた新人の管制官であった。
AM498便はそのまま進入継続していたところ、突如左翼と尾翼に小型機の機体が衝突して操縦不能となり、真っ逆さまにCerritos地区に墜落。新人管制官は管制レーダー画面から機影が無くなったのは気付いたが、それが何を意味するのか直ぐには分からなかった。後続機が"I see a big smoke on 11 o'clock."と報告してきたため、同機の墜落を悟った。
他方Cerritosにある小学校の校庭には、機体上部が削ぎ取られたPA-28 Cherokeeがきれいに不時着しており、下半身だけの遺体が3体座っていた。右翼上面は上半身から飛び散ったと思われる血潮の帯で覆われていて、AM498便と衝突した相手機と考えられた。機番からこれは午前11:40にLAX南側にあるTorrance空港からBig Bear Lake空港へ向かっていた夫妻と娘が搭乗した機体と判明した。Cerritos通り一帯では家屋の破壊と火災が広がり、犠牲者は両機で67名、地上で16名に上った。
NTSBの調査官らは、事故当時にLos Angeles TCAで新人管制官が対応していたTiger型機がジェット機と衝突したものと想定していたが、衝突機がCherockeeであったことが判明したため、この事故とは直接関係ないと分かった。飛行計画書によればCherokeeは、LAXの南方13NMにあるTorranceからLong BeachOntarioBig Bear Lakeと飛行することになっていたが、実際はTCA内の到着機進入コースへ入り込んでいた。小型機々長の剖検で急性心筋梗塞を起こしていなかったか調べられたが、検視官らは採取された組織に異常はなかったと判定した。
またNTSBの調査官はDC-9のモックアップを使用して、機長席からCherockee機がどのように見えたかを、経時的に検証した。Cherockeeは10時方向から接近しており、丁度Wind shieldの窓枠に邪魔されて、見えにくい位置から接近していた。もしも機長が身を乗り出してPort sideを頻繁に確認していれば、Cherockeeを視認できた可能性があったと考えられた。
LAXのレーダーシステムに問題がなかったかも検証され、機材の故障はなかったが、RadarのOne sweepに時間がかかることが問題であった。
ATCの音声を確認すると、Tiger機が3,400ftへ上昇しながらRWY 25L approachコースへ近づいて来た際、新人管制官が「次からはTCAチャートを見て飛んで下さい!」と機長を諭していた。この送信が長かったため、CherokeeとAM498便に迫っていた衝突危機への対処が疎かになったことが原因の一端と考えられた。

LAXは太平洋に面する東西方向4本の滑走路を有し、現地で度々山火事の原因となるSanta Anaからの強い南東風が吹いたりしない限り、離陸時の騒音を配慮してRWY 24と25が使用されます。そうなると、到着機は空港の東側のLos Angeles中心部上空でLocalizerコースへ会合する形となります。普段から交通量が多い空域のため、空中衝突の危険性が高くなるため、Terminal管制空域が設定されていました。この空中衝突事故は、研修中の新人管制官がその空域に迷い込んできたTiger機に気を取られ、彼のSupervisorも離席していて、最も肝心なDC-9とCherockeeの接近に適時対処出来なかったことが原因の根幹にありました。勿論アエロメヒコの乗員も、小型機の見張りにもっと注力すべきでした。

この事故を受けて、NTSBは旅客機にはTCASと呼ばれる空中衝突防止システムの搭載を、小型機へはMode-Cトランスポンダの装着を勧告しました。この動きは全米から世界の主要国へ急速に広がり、今日の航空安全に大きく寄与していると思います。更にLAX付近30NMにはClass-B空域が設定され、Mode-Cトランスポンダによる双方向の無線交信が設定出来ない機体は、飛行禁止となりました。これも実質的な対策となりました。
LAXの管制塔は遠くまで見渡せるよう高層化が決まり、1996年に最新型のレーダー設備に換装されて、高さ103mあるユニークな落下傘型に建て替えられています。
その後、米国ではトランスポンダMode-Cから更に高性能なMode-Sへ進化し、小型機内でも近傍にいる機体の速度・高度・飛行方向を画面上で知ることが出来ます。残念ながら日本では、このMode-S機材の導入が煩雑でかつ非常に高価なため、普及が進んでいません。ここら辺に日米の航空行政の実力差が如実に現れています。
Torrance空港からBig Bear Lakeへ出かけた一家は、恐らく地文航法で目的地へ向かっていたのでしょう。当時はGPSも一般化していなかったので、TCAチャート片手に高速道路の走行で大まかな位置を確認していたら、途中でLost positionしたのかもしれません。この問題は21世紀に入り、GPSマップ上でMode-Sトランスポンダ情報を表示出来るようになり、周辺の気象情報も合わせて分かりやすく、より安全な有視界飛行が可能となりました。
このような法的、技術的な進歩の基には、この悲惨な空中衝突事故が直接または間接的に影響したことを忘れてはいけません。本件は、過去半世紀で航空安全に最大級のインパクトをもたらした航空機事故といえるでしょう。

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