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★「春、阿賀の岸辺にて」作品情報


【クレジット】
『春、阿賀の岸辺にて』
英題:Spring, on the Shores of Aga
2025年/日本/DCP/64分
©︎Komori Haruka
 
出演:旗野秀人、小林知華子 ほか
監督・撮影・編集:小森はるか
録音(追悼集会):川上拓也
企画書・タイトル英訳:戸田ひかる
英語字幕翻訳:ディーン島内翻訳事務所
 
企画・製作協力:清田麻衣子、戸田ひかる、秦岳志、有限会社カサマフィルム
宣伝ビジュアル:井上猛
予告編:中村洸太
 
恵比寿映像祭2025コミッションプロジェクト作品/東京都写真美術館
山形ドキュメンタリー道場6参加作品

★予告編



水俣病になっても生きててよかった。楽しいことをいっぱいして。
そういう運動もあっていいんじゃないか。

新潟水俣病の患者運動の支援者、旗野秀人さんは映画『阿賀に生きる』(1992年/佐藤真監督)の発起人。現在も「冥土のみやげ」という名の”文化運動”を一人で続けている。映画の公開から30年近く経過し、多くの出演者、関係者たちがこの世を去ったいまも、旗野さんは毎年春に映画を上映し、亡くなっていった患者たちを偲ぶ追悼集会を呼びかける。また、聞き書き集を編み、お地蔵さんを建て、絵本をプロデュースするなど、あらゆる記録媒体を使って後世の人々に新潟水俣病を伝えている。

震災後に『阿賀に生きる』を観て影響を受けた監督の小森はるかは、旗野さんに惹かれ、阿賀野川流域へ移住して撮影を続けてきた。時代の流れとともに変わらざるを得ない支援の形と、それでも終わりを迎えることのない文化運動。本当の支援とは何か。死を別れとはしない、そばに居続ける人の50年の歩みを映し出す。
 



旗野秀人さんと新潟水俣病
新潟県旧安田町(現阿賀野市)に生まれた旗野さんは、20代で水俣病の患者運動の支援者となった。家業の大工を継ぎながら、水俣病に認定されない患者を救うための行政不服審査請求運動に奔走してきたが、その10年間は挫折の連続だった。単なる裁判闘争ではなく、自然と共に豊かな暮らしを築いてきた、阿賀に生きる人々と阿賀の魅力を伝えながら、人間が生み出した病に向き合いたい。そんな旗野さんの想いを佐藤監督らが結実させたのが映画『阿賀に生きる』だった。

1995年に第二次訴訟裁判が政治決着を迎えると、患者さんたちがみせたのは「やっと裁判が終わった」という安堵の表情だった。これから何をしたいか訊ねると、「温泉に行きたい」「カラオケに行きたい」という答えが返ってくる。そのような小さな楽しみさえ我慢を強いてきた、支援の矛盾に気付いた旗野さんは、「水俣病になっても生きててよかった」と言ってもらえるような「冥土のみやげ」づくりへと運動のスタイルを転化させた。

監督プロフィール

Photo by Masaji Omote

小森はるか(こもり・はるか)
映像作家。1989年静岡生まれ。瀬尾夏美(画家・作家)とのアートユニットやNOOK(のおく)のメンバーとしても活動。2011年以降、岩手県陸前高田市や東北各地で、人々の語りと風景の記録から作品制作を続ける。現在は新潟在住。代表作に『息の跡』(2016年)、『空に聞く』(2018年)、『ラジオ下神白 ―あのとき あのまちの音楽から いまここへ』(2023年)。小森はるか+瀬尾夏美として2014年に『波のした、土のうえ』を制作、2019年に発表した『二重のまち/交代地のうたを編む』は、シェフィールド国際ドキュメンタリー映画祭コンペティション部門特別賞、令和3年度文化庁映画賞文化記録映画優秀賞を受賞。
 
【ステイトメント】
東日本大震災後に『阿賀に生きる』を観て影響を受けた私は、2013年より阿賀の追悼集会へ参加するようになり、この会を主催してきた旗野さんに惹かれ、カメラを向け始めました。次第に阿賀野川流域の風土や、新潟水俣病が現在どのように語られているかを知りたいと、そんな思いで2022年より新潟へ移住し撮影を継続してきました。旗野さんが支援してきた患者たちは、その多くが水俣病と認定されず、地域の中でも差別を受けてきた人たちです。被害者であることを認められずに旅立っていく人々を見送りながら、「水俣病になっても生きていてよかった」と言ってもらえるよう、旗野さんは本当の支援とは何かを模索し続けてきた人でした。あの世に逝ってからも付き合いをやめない、死を別れとはしないのです。

 追悼集会の名称である「阿賀の岸辺にて」は、旗野さんが新潟水俣病に関わり始めた頃、ガリ版刷りで最初に作った聞き書き集『あがの岸辺にて』と同じタイトルです。文化運動の原点と、今も途絶えない弔いの場を結ぶこの言葉は、地域に根差しながら患者一人ひとりに寄り添ってきた旗野さんの50年の時間を表しているものだと思いました。また私には、阿賀野川のほとりに集った人たちが再会の約束をする言葉のようにも感じられ、作品のタイトルに拝借しました。春を迎える度、この世からもあの世からも人が阿賀へ集まってくる。この賑やかさの中でこそ、記憶が受け継がれている現実に希望を抱きながら撮り続けた映画です。

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