知識3|飢餓は最大の拷問だった
母は、「一日中、食べ物のことを考えていた」と言う。
戦争中は、お腹が空いて、お腹が空いて、たまらなかった、と。
「どんなに辛いか、あなたにはわからないでしょう」
「食べられるものは、何でも食べた」
草も、つるのようなものも、当時は家畜の餌だった「ふすま」も。
戦後もしばらくは、食べ物は配給制だった。
ある日、配給券を手にカレーライスを食べに行ったときのこと。
食べ終わったあと、一緒に行った姉と相談して、もう一度列に並んだという。
母も伯母も、まだ二十歳過ぎの頃だ。空腹が全てに勝ったのだろう。
私はその話を、ずっと軽く聞いていた。
「昔は大変だったんだな」と思う程度で。
だが最近、ある体験記で
「飢餓は最大の拷問」という言葉に出会った。
その一語で、ようやく理解した。
あれはただの「辛い思い出」ではなかった。
人間の生命を、尊厳を、じわじわと脅かす出来事だった、と。
——だからなのかもしれない。
街で地域猫を見ると、
どうしても餌をやりたくなる。
お腹を空かせた生き物を、そのままにしておけない。
【シリーズ】
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第一回|「伏せろ」「防空壕に入るな」ー母を救った二つの声 (仙台空襲)
https://note.com/komorebiki_note/n/ne51c18eb4ebe
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知識4|在外父兄救出学生同盟とは何だったのか
