森鴎外『最後の一句』
森鴎外が書いた『最後の一句』を皆で輪読した。
自分の番が来ると気持ちをこめて読んだ。さすが名作、一文一文が耳にたいへん心地よい。
あらすじはこうである。
船の運送業をしていた桂谷太郎兵衛の船が難船し、積み荷の米を半分海に流出させてしまう。太郎兵衛は、船頭をしていた男にそそのかされ、残り荷を売ったお金を手に入れてしまう。後に米主に訴えられ、死罪となる。父の罪状を知った長女いちが、町奉行に願い書を出すことを思いつき、行動に起こす。
少し読み進めては話し合った。内容を以下メモしておく。
・太郎兵衛が横領の罪で入牢した今、その女房こそしっかりして一家を支えるべきなのに、あまりに頼りない。しっかり者の長女いちとの対比効果狙いか。それにしても2年間繰言を言って泣き続けるとは、不甲斐なさすぎる。
・「相変わらず小さい争闘と小さい和睦との刻々に交代する、賑やかな生活」他愛ない兄弟喧嘩を文学的に表現すると、これほどまでに品格が備わるのか。まるで別の事象のよう。
・女房の実母はしっかり者の印象。長女のいちに隔世遺伝したか。
・「(船乗り業を)正直に営業」していたが、あくどい同僚にそそのかされて、一時「良心の鏡が曇って」罪を犯してしまう。父親はこう描写されるのみで、一体どのような人物で、女房と良好な関係だったのか、子煩悩だったのか一切分からない。また、横領罪で死罪とは刑が重すぎないか。
・父の罪状を知った長女いちが、町奉行に願い書を出すことを思いつく。明後日殺される父の身代わりに、子供4人を殺してくれと願い出るというもの。父の命と引き換えに自分の命を差し出すほど、父が重要だったのか。絶対的な家父長制の江戸時代、父の命と子供4人の命は等価だったのではないか。当時は、今では考えられないほど命が軽んじられているが、切腹などは体面や社会的責任から生じたもの。自分の命を軽々しく扱えるということは、他人の命をも容易に軽んじうるということ。
・いちがあまりに利発で胆力のある人物だが、どこまで計算づくなのか。それとも父を助けたい一心で生じた純粋な一連の考えや行為なのか。
・「でもこわいわねえ」姉から一連の計画を聞いた次女まつの一言。勇敢な長女に対して、気後れする次女の様子がよく表れている。たった一言だが人物像を巧みに描いている。
・「(父の身代わりになって)死ねるか?」と西奉行の佐々から尋ねられた子供らの、それぞれの反応が生々しく、けなげ。この情景は役人たちの情を動かしはしなかったか。当時は情で量刑が変わったのだろうか。現代では、裁判員裁判が多少その効果を残しているかもしれない。
・「お上の事には間違いはございますまいから」強烈な長女いちの一言。彼女は、その言葉の持つ皮肉まで計算していたか。生死を分ける極限状態におかれ、父を救いたいという必死の思いから生まれる行為が、結果として(権力に対する)反抗となるのか。それが鴎外の言う「マルチリウム」(殉教、献身)というものか。
・「献身」という用語は当時の辞書にはないと、鴎外は本作の中で言っている。人間は、まだ言語化されていない事象に立ち会うと、それが何であるのか認識できない。しかし、西奉行ら役人は分からないながらも、それが意味する鋭い刃の矛先が、自分に向いていることくらいは自ずと感知できるのだろう。
・長女いちの最後の一言に対し、西奉行の佐々の目は、「不意打にあったような、驚愕の色」を見せ、次第に険しくなり、しまいには憎悪を帯びてくる。なぜ憎悪にまで至ったか。小娘にここまでやられることに強烈な不快感を覚えたからではないか。それとも、何か認識できないものに接しているということから来る畏怖や不安か。それでも結局、いちに対して何も言わなかった佐々は大人の振る舞い。
・鴎外は当時、役所勤めが嫌になったと周囲に漏らしており、その実、「最後の一句」を書いた翌年に陸軍軍医総監を退官している。実体験から、官僚制を痛烈に批判したものではなかったか。
・いちを孝女として描かなかったのは、道徳的な話に留めたくなかったからか。自分の頭で考え、選択をし、行動する女性を描きたかったからだろうか。
