「教室に、もう一人見守る大人がいたなら。」ーー港区スペシャルニーズアシスタントから見えたこれからの学校のかたち
東京都港区で導入されている「スペシャルニーズアシスタント(SNA)」という制度を知って、これはもっと全国に広がって欲しい取り組みだと思った。
学校の現場で、いま何が起きているのか。
そして、なぜこの制度が必要とされているのか。
ぼく自身は教育現場にいるわけではないけれど、
学校の先生をしている友人たちの話を聞くたびに、
通常学級の中にも支援が必要な場面がたくさん
あるんだなと感じることがあった。
「スペシャルニーズアシスタント(SNA)」という制度を
一つの自治体の話で終わらせたくないと思い、
ぼくなりに考えてみました。
通常学級の中で、見えにくい困りごと

発達障がいという言葉は、以前よりも知られるようになった。
けれど、支援の形はまだ十分とは言えないのかもしれない。
文部科学省の調査では、
通常学級に在籍する小中学生の約8.8%に、
学習面または行動面で著しい困難がある発達障がいの可能性があるとされている。
これは、35人学級で
クラスに2〜3人いる計算になる。
知的な遅れはない。
だから特別支援学級ではない。
でも、日常の中で困りごとがある。
集中が続かない。
友達との距離感がうまく取れない。
教室の空気に疲れてしまう。
子どもに寄り添いたい気持ちはあっても、
一人の先生がクラス全体を見ながら、すべてを抱えるのは簡単ではない。
その結果、困りごとを抱えたままの子どもが、静かに教室の中で取り残されてしまうこともある。
きっと、誰か一人の頑張りだけでは追いつかない現実があるんだと思った。
港区のスペシャルニーズアシスタントという存在

東京都港区では昨年から、「スペシャルニーズアシスタント(SNA)」という制度が導入された。
学習だけではなく、子どもの生活そのものに寄り添う存在だという。
例えば――
● 学習場面で必要な支援を行う
● 気持ちが落ち着くまで別室で寄り添う
● トラブルを起こした理由を聞き、一緒に原因を考える
● 教室に入れない時、落ち着いてから一緒に入室する
● 集団活動に安心して取り組めるように個別に声をかける
どれも特別な指導というより、
子どものそばにいて、
その時間を一緒に過ごしていくような関わり方。
授業中だけでは見えない変化や困りごとを、
一日を通して見守る。
その気づきを担任に伝え、家庭とも共有していく。
教室にもう一人、大人がいる。
そのこと自体が、
子どもにとっては小さな安心に繋がるのかもしれない。
そう感じました。
みんなで学ぶ場所だからこそ

教室って、本当にいろんな子がいる場所なんだと思う。
得意なことも、苦手なことも、落ち着ける距離感も、同じ子はいない。
学校は、みんなで同じ時間を過ごしながら学ぶ場所でもある。
集団の中で関わり方を覚えていくことも、大切な学びの一つなんだと思う。
だから、同じ時間を過ごす教室の中でも、
うまく言葉にできない疲れや戸惑いを抱えている子がいることを前提に、
少し立ち止まれる瞬間があったらいいのかもしれない、
そんなふうに感じました。
スペシャルニーズアシスタントの方の関わり方は、
何かを大きく変えるというより、
少し横にいてくれる人がいるだけで、
子どもたちの目に映る学校での毎日が、
ほんの少しやわらぐのかなと思った。
もちろん、教育現場に立っている方たちから見れば、
ぼくとは違う景色が見えているのかもしれない。
受け止め方も、きっと一つではないんだと思う。
それでも、この関わり方によって、
目の前の景色が少しでも明るくなる子どもがいるのなら。
一つの自治体の取り組みとして終わるのではなく、
こういう関わり方が、
いろんな教室の中で広がっていったらいいなと、
個人的には感じました。
ぼくは教育現場にいないけど
地域のイベントや日常の場面で、
どう声をかけていいのか迷ってしまう子に出会うことがある。
大人になっていく中で、ふと、あのとき隣にそっと寄り添ってくれる人がいたら、と感じる瞬間は、きっといろんな場所にあるんだと思う。
学校の先生や家族だけが頑張るのではなく、
社会のあちこちで、さりげなく見守る人が少しずつ増えていったら。
スペシャルニーズアシスタントという制度は、
そんな未来へ向かう、小さな入口のように見えた。
教室に、もう一人、静かに見守る人がいる。
それは、子どもたちが安心して日常を過ごせる時間を、少しずつ増やしていくことなのかもしれない。

