無名の徳【短歌連作四首】
覇者の名を載するばかりなる歴史書を閉ぢて路傍に花の歌詠む
知らずして誠を生きし遠き世の名なきままなる花の香ぞ立つ
歴史書に綴られぬ日のやさしさは風のゆらぎににほひて過ぎぬ
語られも綴られもせずまごころは森の奥にて鹿のみぞ知る

この世が完全であった時代には
誰も価値ある人間に注意を払う事もなく
能力ある人を敬う事もなかった
支配者とは樹の天辺の枝に過ぎず
人民は森の鹿のようだった
彼らは誠実で正しかったが
自分達が「義務を果たしている」という
認識はなかった
彼らは互いに愛し合い
しかもそれが
「隣人愛」だと知らなかった
彼らは誰も騙すことはなかったが
それでも自分たちが
「信頼すべき人間だ」とは
認識していなかった
彼らは頼りになる人間だったが
それが「誠」だとは知らなかった
彼らは与えたり受け取ったりしながら
自由に生きていたが
自分たちが「寛大」だとは知らなかった
それゆえに
彼らの行動は語られたことがない
彼らは歴史を作らなかった
~詠み人知らず~
