いのりの舟【短歌十五首】
「い」の音が産声あげて旅立ちの祝詞を奏でる夜の渚に
潮の香をひと息吸えば言の葉が「いってきます」と風にほどける
とこしえも届かぬ無明のかなたへと母音つむいで舟を漕ぎ出す
耳朶の際ふれるひとひら「う」の音がひそかに溶ける みなもやわらか
さびしさは夜にひらいた笑みの音 散らさぬように指でなぞった
ひとさじの眠りをくれた面影にあいをくべれば灯火となる
おぼろ夜は胸に光背だきいれて西へとむかう櫂も持たずに
青写真手放すたびにかすみゆく祈りの舟はわたしの背骨
名もなくて誰でもなかった時からも祈りは「わたし」を象っていた
つきかげの澪にうかべた「ありがとう」が赦しにみちた鐘の音をきく
舟を出すひとはあまねく息を吐く 吐くから吸える わたし生きている
詠むたびに編んでゆこうか裂け目からこぼれぬように時をたぐって
おわりとはきっとはじまり裏表 母音の舟で朝をわかつよ
祈るとは漂うことと知ったから えも言わず空はただただあおい
「ただいま」はいまだかたちにならぬまま空の根もとに還っていった
