無題 ──アセミック一文字詩





最近、詩を書いていません。
正確に言えば、書けずにいます。
本業の忙しさの中、言葉を編むだけの時間を持てていません。
その代わりに、
僕は墨を置くようになりました。
言語野を一時シャットアウトし、
線を引く。
滲ませる。
余白を残す。
それから、ふと考える。
──これは、詩ではないのか。
詩とは何だろうか。
言葉の並びか。
意味をもつものか。
読めるものか。
初代王天君さんの「ファトラジー」「一行詩」企画を思い出しました。
記事の中には、もはや日本語ですらない文字列が提示されています。

それでも「一行詩」と呼ばれている。
さらに思い出すのは、草野心平の「冬眠」という作品。
「冬眠」 草野心平
●
題名と、●。
それだけです。
●は語らない。
●は説明しない。
けれど、そこに冬の静けさや、孤独、潜む生命を感じてしまう。
僕は今回、「まだ名づけられない感覚」を一文字で書きました。
でもそれは、既存の漢字ではない。
未知の文字です。
そもそも文字と言えないかもしれない。
読めない。
発音できない。
辞書に載らない。
けれど、そこには重心があり、
線の方向があり、
滲みや温度がある。
言葉を使わずに、言葉以前へ戻る感覚。
読むのではなく、
見る。
理解するのではなく、
佇む。
今回書いた、あるいは描いた未知の文字は、
言葉を失ったあとに残った、ひとつの痕跡です。
詩は、意味を固定して閉じるものではなく、開くための鍵。
読む者に委ねる装置。
であれば、
未知の文字もまた詩であるのかもしれません。
