短編小説|万華鏡とハッピーライフ
透明なガラスの万華鏡の感触を確かめる。じいちゃんの形見だ。リュックの折り畳み傘をしまうポケットに忍ばせている。会社帰り、有楽町線の電車に揺られながら、リュック越しに触れた。お守りのようなものだ。
総務の仕事は退屈で仕方ない。会社の備品を発注したり、社内行事を企画したり、直接の利益にはならない仕事を日々こなす。僕には、実につまらない。もっとハッピーに、じいちゃんみたいに暮らせないものか。
じいちゃんはガラス細工職人だった。掃除や道具の整備、「下玉」というガラスを成形する土台づくりなど、下積みを重ねて一人前になったらしい。じいちゃんは仕事を心から楽しんでいたように見えた。僕とちがって。
万華鏡は、じいちゃんの最高傑作だった。ガラスの筒がダイヤモンドのように精緻にカットされているだけで、ビーズが入っていない。学生時代、光学の博士に見せたら「なぜ万華鏡として機能しているか謎」と驚いていた。
護国寺駅で降りる。明日も明後日も仕事だと思うと憂鬱だ。じいちゃんも仕事がつまらないと言うときはあったと、ばあちゃんが言っていた。ただ、面白いところを見つけるのがうまかったのだと。夕空に藍色が差している。
駅から家まで十五分かかる。アンハッピーな日々のようにマンションが林立する音羽通りを歩きながら、僕はリュックから万華鏡を取り出した。九月上旬の夕風が、わずかに秋の気を帯びている。僕はガラスの万華鏡を覗く。
夕焼けが幾重にも乱反射する。何万もの夕色の華が咲き乱れては散る。彼岸花らしくも見える。あるいは、オレンジ色の氷が結晶しては砕けるかのようだ。ガラスだから、世界がよく映る。僕のつまらない今日が輝く。
同じものを見ても万華鏡越しかどうかで見え方が変わる。それは、かつてじいちゃんが努めて見つけていた景色だった。でも、まだ僕は明日をハッピーに思えない。けれど、いつか変われるだろうか。万華鏡の景色のように。
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