見出し画像

短編小説|色鉛筆で空を塗る

 水色は弟の色だ。そう思いながら、僕は墓の前で手を合わせる。雨が降ってきても、傘を差す気になれない。弟と僕は、ふたりでよく絵を描いた。僕が街を描き、弟が青空を描く。だから、水色の色鉛筆は弟のものだった。
 僕と弟は十歳も歳が離れていた。弟は五歳で風邪をこじらせ、重い肺炎に罹り、亡くなったのは僕の高校受験の年だった。親は心配していたが、僕はちゃんと勉強を続けた。けれど、絵は描かなくなった。

 高校二年生になったいまから思えば、あのときの僕はまだ子どもで、弟に会えなくなることを、ほんとうの意味で分かっていなかった。だから僕の学習机の引き出しには、弟の名前のシールが貼られた色鉛筆がしまってある。
 十月の雨は冷たい。学ランが濡れる。帰ったら、親には傘を持って行っていなかったと言おう。降りしきる雨が水色に見える。空と地面を雨が結ぶ。僕と弟を水色が結ぶ。灰色の空を、しばらく僕は見上げていた。

 くしゃみが出て、目を閉じ、また開くと、雲間から光が射していた。上空の風で雲が流れ、やがて晴れた。僕はまたくしゃみをする。雨に打たれて、風邪をひいたかもしれない。鼻をすすり、「またな」と弟に挨拶をする。
 家に帰り、ずぶ濡れであることを親に騒がれるまえに、部屋へ籠もる。学ランを干し、学習机に向かい、窓外の空を眺めた。にわか雨だったのか、青空が広がっている。もしや、と僕は一番下の引き出しを開ける。

「かぜ、ひかないでね」と舌足らずな声で、弟に言われた気がした。お前に言われたくねえよ、と言い返したくなったけれど、もう大人だからそういう意地悪は言わない。色鉛筆のブリキ製のケースを開ける。
 水色の鉛筆が無くなっていた。雨に打たれる僕を見て、弟が空を水色に塗ってくれたのか。二十四色の色鉛筆は一色減ったけれど、また街を描いてみよう。その色が、とても鮮やかに見えたから。雨上がりの虹みたいに。







いいなと思ったら応援しよう!

小牧幸助|小説・エッセイ 牛乳を買って金曜よるに一杯やります。

この記事が参加している募集