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短編小説|渋谷のスクランブル交差点が砂浜になる夜

 砂浜で僕は足を止める。そう、砂浜だ。大学から帰る夜、渋谷駅で無印良品に寄るため、ハチ公口へ向かっているとき、人がひとりもいないので、何かおかしいとは思った。でも、まさかスクランブル交差点の一面が砂浜になっているとは。
 今年の三月に上京して四カ月近く経つが、息ができないほどの人混みには、まだ慣れない。けれど、誰もいない渋谷も心細い。波の音がする。ビル群の大型ビジョンに海が映っていた。懐かしい。実家は海へ自転車で行ける距離にあった。

 映像の海の青さに照らされて砂が揺らめいて見える。普段は雑踏の底にあるスクランブル交差点だが、広がる砂浜には足跡のひとつもない。僕は友人に誘われて買った興味のない Dr.Martens の靴で砂の上を歩く。潮の香りさえする気がした。
 毎回、電話を切るまえに「いつでも帰ってきな」と父も母も口をそろえて言う。講義は思ったより簡単で、仲の良い友だちもできたと、努めて明るく話す僕の心を見透かすようだった。落ち込んだときに自転車で向かえる海も東京にはない。

 僕はひとり、スクランブル交差点の真ん中で、狭い夜空を見上げる。星は見えない。目をつぶり、寄せては返す波を聴く。造られた音でもかまわない。僕は腰を下ろす。固い靴と靴下も脱いだ。足の裏に心地よい砂の温かさを感じる。
 子どものころ、父と母とよく砂浜に絵を描いた。実家の隣家で飼われていた太った三毛猫、父が直してくれた僕の自転車、母がつくってくれた手提げバッグ。かつて当たりまえにあった、この街にはない砂上の絵が、頭の中に寄せた波で消える。

 立ち上がり、砂のついたおしりを払った。帰ろう。この調子では無印良品も営業しているとは思えない。明日は一限の講義のまえにカフェのアルバイトもある。朝が早いけれど、誰も起こしてくれないから、自分で起きなければいけない。
 ひとりで暮らして初めて、ひとりで暮らしていなかったと気づく。履き直した靴で、砂浜に大きく文字を書いた。僕は照れくさくて言葉にできないが、もしも電話で伝えたら、きっと父と母は「どういたしまして」と口をそろえて言うのだろう。







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小牧幸助|小説・エッセイ 牛乳を買って金曜よるに一杯やります。