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短編小説|思い出を売る花屋

 思い出の花屋は、東急東横線多摩川駅から徒歩七分の場所にある。駅から僕の家までの道のりの中間あたりだ。思い入れのある花屋というわけではなく、一度も入ったことがない。看板に「思い出」と書かれているのである。
 地元から訪ねてくる姉を駅へ迎えに行く途中、花を飾る暮らしを装うために、僕は花屋に入ってみた。店内に花はない。透明なビニール袋が並ぶ。種が入っていた。油性マジックで「思い出」と書かれている。怪しい。

「買ったのか」と笑う姉と僕は家に帰った。コップに水を注ぎ、袋から種を入れた。水栽培で育つらしい。最上階で屋根がない、九月の夕日が射すベランダのベンチにコップを置く。「冷蔵庫覗くぞ。あるものでつくる」と姉。
 何もなかったので、姉は塩むすびと味噌汁と玉子焼きをつくった。「晩ご飯に見えないな」と姉はまた笑う。実家にいるとき、姉はずっと母の代わりにご飯をつくってくれた。涼しいから、ベランダのベンチで夕食をとる。

 父はもう母を許した。今も覚えているが、あれは近所の花火大会へ行く前日だった。母と暮らせなくなった日だ。僕らは父の下で育った。姉は平気なふりをした。僕は姉の部屋から響く鼻をすする音が聞こえないふりをした。
 卵焼きをつつきながら、僕が実家にいたときの話で盛り上がる。冷蔵庫のプリンを奪い合ったこと。怖い映画を見たあとは一緒に眠ったこと。父が出張でいない夜に、今日みたいに母の味を思い出す玉子焼きを食べたこと。

 気づくとコップに入れた種から芽が出ていた。姉と覗いていると、見ているそばから根と茎が伸びる。幾枚も葉が開き、茎の先に蕾ができた。なるほど「思い出」の種だから、思い出話に花が咲くのか、と呑気に僕は考える。
 蕾はみるみる膨らむ。どんな花が咲くだろうかと、玉子焼きの最後のひときれを姉の箸から奪いとる。姉も僕も笑った。蕾は拳より大きくなり、震えて、ついには弾けた。秋の夜空に光が一筋伸び、一輪の花火が咲いた。







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小牧幸助|小説・エッセイ 牛乳を買って金曜よるに一杯やります。