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私の知らない父を、知る。

「肺に影があるからK病院に行ってみてください。予約取りますね。」
かかりつけ医に父がこう言われたのは、3月の初めだった。

最初に申し上げておこう。
父の肺に影があることはあるのだが、結果は大丈夫だった。
今回のテーマはそこじゃない。
なので、安心して読んでいただきたい。

今日のnoteは、この1ヵ月間の病院受診で判った、私の知らない父の話。



3月6日、かかりつけ医にて

いつものように高血圧の薬をもらうために来院すると、先週撮ったCTに影がある、とのこと。
半年前のCTと比べたら、ちょっと大きくなっているらしい。
父、K総合病院に行くことに。

私の父は、83歳の今まで病気らしい病気をしたことがない。
めったに風邪もひかない。年齢的に血圧は高いけれど、そのほかはいたって健康。
毎晩ビールと日本酒を呑み、一番気分の上がるおかずは母のお手製ハンバーグ。
こうやって書くと、無敵のじいさんだな(笑)

しかし、父の子ども時代は病弱で、両親をたいそう心配させた親不孝者だったらしい。
おじいちゃん(父の父)は父に精をつけるためにヤギを買ってきて、物の無い時代に父は毎日ヤギのミルクを飲んでいたそうだ。
小学校は病弱が理由で養護学級に入れられていた、らしい。

「わしはいつ死ぬかわからん、めんどうな子どもだったんで。」と、父は言うのだけれど。
私も妹も元気な父しか知らない。

だから、”肺に影”は、私の知る無敵の父の、初めてのピンチだった。

3月26日、紹介状でK病院へ

K病院は町で一番大きな総合病院。
うちの町の高齢者はほぼここの診察券を持っている、と言っても過言ではない。

「わしもとうとうここ(K病院)に来んにゃいけんのかぁ」と父。
ようこそ、わが町の高齢者登竜門へ。

父は手術や入院を覚悟して緊張気味(笑)
私の感覚では、かかりつけ医でこまめに検査しているんだから、たとえ病気になっていたとしても初期だと思うんだけどな。
父はもう今にも入院しそうな勢いで今日を迎えていた。

呼吸器内科の先生は、かかりつけ医から送られていたCTを丹念に診てくださる。
「K(父)さん、昔、病気をされました?」と先生。
「親父が言いよったんは、1歳か2歳の時、わしは死によったらしいです。」
と父。
父の長い長~い説明をまとめると、、、
・部屋でお湯沸かして、寝かされていた(らしい)
・例のヤギの話。
・学校の健康診断は必ず引っ掛かり、大学病院までよくレントゲンを撮りに行っていた。
・おかげで養護学級に入れられて、お前は寝とけ言われてまともに学校に行けず、勉強はさせてもらえなかった、云々、、、

だんだん話が逸れてきたところで、先生はやっと話をさえぎってくれた。
「Kさん、昔、肺の病気をされてますね。
でも今回問題の影は本当に小さくて、CTだから写ってますけど、レントゲンには映ってないんです。
念の為、うちのCTとPET-CT、血液検査をさせてもらえますか?」

二日後、各種検査をした。

4月2日、検査結果を訊く

「Kさん、昔B型肝炎をしてますね。」
父、母、私、ビックリ。
血液検査で判ったらしいが、これはすでに治っているらしい。
二度ビックリ。 
B型肝炎って、よく給付金がどーのこーので、ナンタラ法律事務所にご相談を、ってやっているTVのCMよね?
まあ、治っているなら良かった。

「PET-CTにはがんは見られませんでした。」
え?
、、、もうヤツ(父)は手術する気満々ですけど。

一応、外科の所見も伺うということで、次回は呼吸器外科へ。

前日、父は墓参りもして準備万端で臨んだのに、またもや空振り!笑
でも、安心したのか、急にお花見に行きたいと言い出し、旅行に行く事に。


4月11日、呼吸器外科へ

外科の先生は、
この影の形では悪い細胞には見えないこと、今の段階では経過観察で十分だということを丁寧に説明してくださった。

父は、ほう、と大きく息を吐き、
「今日は仏壇拝んで来ました。」と笑った。
この1ヵ月の心配のタネがようやく無くなった。
ああ、良かった。

しかし、ここでも先生が訊いた。
「Kさん、昔なんの病気をされていたかご存じですか?」

ん?、またその話?

外科の先生がK病院のCTで判ったことをお話しくださった。
「昔の喫煙の影響で肺気腫があります。」
、、、はいはい。
(タバコは、40歳で止めてるんだけど。それでも影響があるんですね。)

「それと、この肺の癒着と石灰化しているコレは、1、2歳で死にそうになっていたとおっしゃっていた病気の跡です。
おそらく結核です。」

ん?、ケッカク?

結核!!!

これには、全員ビックリ。(父も知らなかった)
前回のB型肝炎にも驚いたけど、結核って、、、。

そりゃあ、おじいちゃんが湯を沸かして隔離して、
戦中で物がない時代にヤギを買ってきて、
いつもいつも健康診断でひっかかって、
汽車に乗って大学病院まで行っちゃって、
病弱児童の烙印を押されて養護学級で、
他の兄弟姉妹が学校行ってもお前は寝とけ寝とけと言われたのは、、、

結核なら、当たりまえだわ。

病院の帰り道

帰りの車の中で、父と母は完全にハイテンション!
「スーパーに寄って~!」と、肺がん疑惑が晴れたお祝いだと浮かれている。
父は大トロを買い、母はスイカを一俵買った。

私は脳天気な父母を横目に、(結核って、結核って、、、)と大混乱。

宮沢賢治が、高杉晋作が、沖田総司が、石川啄木が、樋口一葉が、私の頭の中を走り回っていた。
「わしはいつ死ぬかわからん、めんどうな子どもだったんで。」
酔った父の口ぐせは、本当だったんだ。

次にホームセンターに寄り、父は野菜の苗と肥料を買った。
「畑の準備をせんといけんのう」と急に現実的に(笑)

そして、一緒に枝垂れ桜の苗を買った。

先週行った蓮照寺の枝垂れ桜。
長い年月を生きる桜に感銘を受けていたからな。
ジイめ、この桜が大きくなるまで生きるつもりだな(笑)

でも、本当に。
父が結核を乗り越えて生きてきたからこそ、私と妹がいる。
孫がいる。
ひ孫もいる。

この苗木の桜は誰が見るのか。
ひ孫の、子どもの、その子ども?

私の頭の中は、新たに正岡子規も走ってきたのだけれど。
まあ、良かったんじゃない?


56歳にして、初めて知る父の話。




父について。よろしければコチラもどうぞ。


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