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父のこと。

noteにもたびたび書いている父。
盆栽と日本酒と母を愛し、アラカンの娘二人を今でも子ども扱いし、孫もひ孫も全部自分のモノくらいの勢いで愛おしんでくれる父、85歳。

突然だが、そんな父が余命を区切られてしまった。

始まりは6月末。
胆のう炎で入院し胆のう摘出術をしたのだが、その流れで胆のうがんが見つかった。
残念なことにリンパへの転移も見つかった。
突然がん患者になった。

父は何歳まで生きるんだろう。
父が80を超えたあたりから、いつも思っていた。
衰え知らずの無敵な父の様子に、父より私が先にくたばっちゃダメだよなぁ、、、と、内心ヒヤヒヤとしていた。

しかし、突然だったけれど、父はがん宣告をされた。

アントニオ猪木さんやジャイアント馬場さんが亡くなった時、無敵にみえても人は亡くなるんだ、と思ったのだけど、
そうか、父も無敵ではなかったのか。
悲しいなかにも、なにか、ストンと受け入れた。

そうか、とうとう父が亡くなるのか。

父のことは、(思春期の頃はウザいと思わなくもなかったが)尊敬しているし、敵わないなとも思っている。
いなくなると思うだけで鼻の奥がツンとする。
だけど、親孝行は十二分にしているし、たくさん一緒に過ごしているし。
父が今亡くなっても私に後悔はない。
お父さんおつかれ〜!、ってな感じ。

薄情な娘だな、と思う。

とはいえ、これから何がどうなるのか。
父に始まる変化は私の想像以上だろうし、そもそも具体的には何も決まっていない。
全てはこれからなのだけど、薄情な娘の腹は決まっている。
父の最期を全部を見てやる!という覚悟と、(父に対して)父らしい最期を見せてくれるだろうという期待。
父の人間としての太さを最期まで見せてくれ、と願っている。

***

がん宣告はドラマのようだった。
手術?
抗がん剤?
それとも、何もしない。(余生をたのしむ)

3つの選択はまだ選べていない。

がん宣告の翌日、父は退院した。
迎えに行くと、父はたった一日で急に弱々しく、しょぼくれていた。
だけど不思議と、私に悲しいとかはなかった。

しっかりしんさいや!

父と私は似たもの親子。
私は父の底力を信じている。父はこのままでは終わるハズがないのだ。

***

退院して2週間。
ショボショボの父も、少し浮上を始めた。

誰が言った言葉だったか忘れたけど、落ちこむ時はとことん落ち込んだほうがいい、らしい。
次の飛躍の準備のためにグッとしっかりしゃがみ込む。しっかりしゃがんでこそ、次の大きなジャンプの助走になるのだ、と。

父は助走を始めた。
隙あらば一発逆転も狙っていて、頭の中はフル回転しているよう。
そうそう。
父はまだまだ、頑張れるヤツなのだ。

2週間経って、私にも余裕ができてきた。

父のことを書こうと思った。
これは、noteを書いている私にできる父へのエールだ。
これからの約一年が私達家族にとって一番濃い時間になるのかもしれない。
だって、父が近いうちに死ぬのだ。
どんなに強くて偉くてお金持ちでも、誰でもその時は来る。ましてや父は85歳なのだから、どう考えたってそれは遠くないことだ。
だけど、父なら父らしいラスト・ランをみせてくれるんじゃないか。
A型の父らしい几帳面さできれいに片付けながら、父らしい生活を貫くんじゃないか。
私はそう思っている。

だから、父と家族のことを書く。
もしかすると途中で辞めたくなるかもしれない。もしかすると敢えて筆を置くかもしれない。
だけど、今は父のことを忘れないために書いていきたいと思っている。

私の性格上、湿っぽいことは書かない(つもり)。
がんを抱えることは特殊じゃない。がんになっちゃった85歳の日常を面白く、可笑しく書きたいと思っている。



それでも勿論、こんな記事は読みたくない方も多いかと思う。
アラカン世代、色々かかえてますしね。私だって自分に重なるような内容は気分によっては読まずに避けたいし。
私のフォロワーさんもこんなん読みたくてフォローしたんじゃない、という方も絶対いらっしゃるでしょう。
ごめんなさい。急にこんなんぶっ込んできて…笑

なので、注意喚起の意味もこめて、(これが今回言いたかったことなのだけど)、
父について書く際は表題に【父のこと】とつけておきます。
気分でない方はどうか華麗にスルーしちゃって下さい。

説明が長くなりましたが、こういう事情で。
新しいマガジン【父のこと】、始まりま〜す。



実は、父は2025年1月に肺がん(ステージ0)をしています。
下記の記事はその時の私の心境を綴ったものです。





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