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自治体「生成AI導入」プロポーザルの闇 ── 特定ベンダーに誘導される調達の実態




人口6,500人の町で起きていること

静岡県榛原郡川根本町。人口約6,500人の山間の小さな町が、令和7年度に「生成AIサービス導入業務」の公募型プロポーザルを実施した。予算は919,000円。契約期間は令和8年3月31日まで。

プロポーザルとは、複数の事業者から企画提案を受け、最も優れた提案を行った者を選定する方式だ。価格だけでなく技術力や創造性を評価できるため、IT調達では広く使われている。

建前はそうだ。

しかし、この案件の仕様書を読み込むと、「公正な競争」とは程遠い実態が浮かび上がる。


仕様書に刻まれた「指紋」

川根本町の仕様書には、対応すべきLLM(大規模言語モデル)が具体名で列挙されている。

Gemini 1.5 FLASH / GPT-4o mini / Claude 3 Haiku / GPT-4o / Gemini 1.5 pro / Claude 3 Sonnet / Claude 3 Opus / Claude 3.5 Sonnet / OpenAI o1 / OpenAI o1mini / OpenAI o3mini / Gemini 2.0 Flash

12モデル

この仕様を書いた人物は、以下のすべてを理解していることになる。Claude 3にはHaiku(軽量版)、Sonnet(中量版)、Opus(最上位版)という3つのティアがあること。OpenAIがo1/o1mini/o3miniという推論特化モデルを出していること。GoogleのGeminiには1.5世代と2.0世代があり、Flash/Proというティア区分があること。

人口6,500人の町のデジタル推進課の職員が、この知識を持っているだろうか。

このリストは、特定のSaaS製品の対応モデル一覧から転記されたものだ。 自治体が独自に12モデルを選定したのではない。ベンダーの製品カタログがそのまま仕様書に埋め込まれている。

そしてこの案件を受注したのは、株式会社イマクリエ。同社は自らのウェブサイトで「exaBase 生成AI for 自治体 LGWAN環境で静岡県川根本町が利用開始」とプレスリリースを出している。exaBaseとは、株式会社エクサウィザーズが開発した自治体向け生成AIのSaaS製品だ。イマクリエはその販売パートナーであり、運用代行を担う代理店にすぎない。

仕様書の12モデルは、exaBaseの対応モデルリストと一致する。仕様書を書く段階でexaBaseの情報が「参考」として提供され、それがそのまま要件になった——この推論は不自然ではないだろう。


「開かれた仕様」という幻想

公平を期すために述べれば、LGWAN対応の自治体向け生成AIサービスはexaBaseだけではない。現時点で少なくとも6製品が存在する。

exaBase(エクサウィザーズ)、LoGoAIアシスタント(トラストバンク)、自治体AI zevo(シフトプラス/TKC)、GaiXer(FIXER)、AIRealize(アライズイノベーション)、QommonsAI(Polimil/シナジー)。いずれも「LGWAN対応」「複数LLM対応」「RAG機能」「国内データ処理」という大枠の要件は満たせる。

しかし、「この12モデルに全て対応していること」という要件になると、話は変わる。各製品の対応モデルは公開情報からは完全に確認できないが、12モデルという具体的かつ網羅的なリストは、特定製品の仕様に依拠しなければ書けない。「複数のLLMに対応すること」という機能要件ではなく、具体的なモデル名12個を列挙するという仕様の書き方自体が、特定ベンダーへの誘導を示唆している。

仕様書は一見開かれている。だが、その細部に特定製品の「指紋」が残されている。


代理店というビジネスモデル

ここで注目すべきは、受注したイマクリエという会社の正体だ。

2007年設立。もともとはBPO(業務プロセスアウトソーシング)とテレワーク人材派遣の会社である。IT開発企業ではない。生成AIの技術を持っているわけでもない。

それが「生成AIサービス導入」のプロポーザルを次々と受注している。理由は一つ。exaBaseの販売代理店だからだ。

構造はこうなっている。

エクサウィザーズが製品を開発する。イマクリエが自治体に営業をかけ、「こういうサービスがありますよ」と情報提供する。自治体はその情報をもとに仕様書を書く。プロポーザルが公告される。イマクリエが応札する。受注する。exaBaseのライセンス契約を結び、アカウントを設定し、職員に使い方を教える。

開発はゼロ。独自のシステム構築もゼロ。携帯電話のキャリアショップと同じ構造だ。


全国に広がる同じパターン

この構造は川根本町に限らない。調査の結果、複数の自治体でプロポーザルを経由してイマクリエ=exaBaseが受注している事実が確認できた。

熊本県荒尾市のケースが最も明白だ。市の公式サイトに「生成AIサービス提供業務 簡易型プロポーザル方式の実施結果」が掲載されている。そしてイマクリエが受注し、exaBaseの導入をプレスリリースしている。さらに注目すべきは、荒尾市がプロポーザルの実施にあたり「参加表明が3社以下であったため、一次審査の審査項目を二次審査においても審査項目として評価した」と記載していることだ。応札3社以下。6製品もの競合が市場に存在するにもかかわらず、だ。

石川県珠洲市でも、市の公式サイトに「珠洲市生成AIサービス提供業務に係わる公募型プロポーザル」の実施が記載され、結果としてイマクリエがexaBaseの導入をプレスリリースしている。

これらに加え、イマクリエが「exaBase 生成AI for 自治体 LGWAN環境で○○が利用開始」とプレスリリースを出している自治体は、確認できただけでも以下の通りだ。

千葉県成田市、静岡県御前崎市、沖縄県大宜味村、埼玉県三芳町、兵庫県南あわじ市、愛知県半田市、奈良県奈良市、福島県郡山市、福島県田村市、青森県おいらせ町——。

同じ製品を、同じ代理店が、異なる自治体に横展開している。そしてイマクリエ自身が**翌年度継続率100%**を謳っている。一度入り込めば、翌年以降は実質的に随意契約で継続される。プロポーザルが必要なのは最初の1回だけだ。

一方で興味深いのは、大都市ではこのモデルが通用しないことだ。例えば北九州市の生成AI導入プロポーザルでは、九電グループの通信会社QTnetが自社製品「QT-GenAI」で受注している。IT調達に知見のある職員がいる政令指定都市では、仕様書が特定ベンダーに誘導されることなく、実質的な競争が起きる。裏を返せば、デジタル人材が不在の地方中小自治体こそが、この構造の標的になっている


誘導のメカニズム

なぜこうなるのか。悪意のある談合が行われているわけではない。メカニズムはもっと構造的だ。

第一段階:情報提供という名の営業。 自治体のデジタル推進担当が「生成AIを入れたい」と考える。しかし何を買えばいいかわからない。ベンダーまたは代理店に相談する。ベンダーは自社製品の情報を「ご参考までに」と提供する。

第二段階:仕様書の作成。 自治体職員はベンダーから提供された情報をもとに仕様書を書く。対応LLMのリストも、機能要件も、ベンダーの製品カタログがベースになる。職員に悪意はない。「もらった情報をそのまま使っただけ」だ。しかし結果として、仕様書には特定製品の指紋が刻まれる。

第三段階:プロポーザルの実施。 公告されるが、仕様書の中身を見た他社は「これはexaBase案件だな」と察する。勝てないと分かっている提案に工数をかける企業は少ない。結果、応札3社以下。

第四段階:受注と継続。 代理店が受注する。SaaSを導入し、翌年度は「導入実績あり」として随意契約で継続。翌年度継続率100%。

公正取引委員会は2022年の実態調査で、この構造を明確に問題視している。98.9%の官公庁が既存ベンダーと再契約した経験がある。理由の48.3%は「既存ベンダーしかシステムの詳細を把握できなかったため」。そして公正取引委員会はこう指摘する。「ITベンダーが不正確な情報の提供により、自社しか対応できない仕様書による入札を実現して他ベンダーの参加を困難にする場合」は、独占禁止法上の問題となりうる、と。

川根本町の仕様書に埋め込まれた12モデルのリストは、まさにこの指摘が現実に起きていることを示す具体例ではないか。


そもそもプロポーザルで競うべき領域か

根本的な問いを立てたい。

プロポーザル方式とは、提案内容の「企画力・創造性・技術力」を比較評価するための調達手法だ。独自のシステムを構築する案件や、課題解決のアプローチが多様にありうる案件では有効に機能する。

しかし、自治体の「生成AIサービス導入」案件はどうか。市場にある6製品はいずれも機能的にほぼ同等だ。LGWAN対応、複数LLM、RAG、国内データ処理——。差別化要因は技術や企画ではなく、価格、導入実績、サポート体制に限られる。

機能差のない既製品の調達に、なぜプロポーザル方式が使われるのか。

本来であれば、一般競争入札で価格を競わせるべき領域だ。あるいは、少額であれば随意契約の正当性を説明すればよい。わざわざ「企画提案の優劣を評価する」という建前のプロポーザルを経由する必要があるのか。

プロポーザル方式を採用することで、評価基準に「導入実績」「運用支援体制」といった項目が入る。すると先行者が圧倒的に有利になる。6製品が機能的に横並びである以上、評価の差がつくのは実績と体制だけ。プロポーザル方式を選んだ時点で、後発の参入は事実上封じられる。 そしてそのプロポーザルの仕様書は、先行者の製品カタログで書かれている。


税金91.9万円の行き先

川根本町の話に戻ろう。

予算919,000円。この金額で「生成AIサービス導入業務」を発注した。受託したイマクリエは、exaBaseのライセンス契約を結び、アカウントを設定し、職員に使い方を教える。開発はゼロ。独自のシステム構築もゼロ。

919,000円のうち、いくらがエクサウィザーズへのライセンス料で、いくらがイマクリエの代理店マージンなのかは公開されていない。しかし構造上、この予算の大部分はSaaSの年間利用料であり、残りは研修とサポートの人件費だろう。

それ自体は必ずしも悪いことではない。既製品が最適解であるケースは当然ある。

問題は、仕様書の段階で特定ベンダーに誘導されたプロポーザルを経由して、あたかも競争的に選定されたかのような体裁を取っていることだ。 そしてこの構造が全国数十の自治体で繰り返されている。1件91.9万円であっても、50自治体なら約4,600万円。すべてが同じ製品、同じ代理店。プロポーザルという手続きを経るたびに、自治体職員は仕様書を作り、審査委員会を組織し、選定理由を文書化する。その事務コストすらも税金である


デジタル庁の「調達改革」は届くのか

デジタル庁は2023年度から「調達改革」に着手している。中小ベンダーが参入しやすい調達方式の模索、オープンソースの推進、仕様書の標準化などが議論されている。

しかし、改革の対象はまず中央省庁だ。全国1,700超の市区町村に浸透するのはいつになるのか。デジタル人材の不足に苦しむ小規模自治体ほど、ベンダーの「情報提供」に依存せざるを得ない。構造的な問題は、構造的な解決なしには変わらない。

公正取引委員会が指摘し、デジタル庁が改革を掲げ、それでもなお98.9%の官公庁が既存ベンダーと再契約している。この数字が、問題の根深さを物語っている。


問われるべきこと

誤解のないように言えば、exaBaseが悪い製品だと言いたいのではない。エクサウィザーズの技術力は確かなものだろう。イマクリエの運用支援も、自治体にとって助けになっているかもしれない。

問題は、調達プロセスが特定ベンダーに誘導されていることだ。

仕様書に刻まれた12モデルのリスト。応札3社以下のプロポーザル。一社の代理店が13以上の自治体に同一製品を横展開する事実。翌年度継続率100%。

川根本町、荒尾市、珠洲市、成田市、御前崎市、三芳町、南あわじ市、半田市、奈良市、郡山市、田村市、大宜味村、おいらせ町——。これだけの自治体で同じことが起きていて、それでも「公正な競争の結果」だと言えるのか。

自治体のDX推進は必要だ。生成AIの活用も推進されるべきだ。しかし、その調達が特定ベンダーに誘導される構造のまま進むのであれば、それは公益に反する。

納税者として、住民として、私たちはもっとこの問題に注目すべきではないか。


参考資料

  • 公正取引委員会「官公庁における情報システム調達に関する実態調査について」(令和4年2月)

  • デジタル庁「調達手続マニュアル」「入札制限等の在り方における検討会」資料

  • NPO法人まちぽっと 伊藤久雄「自治体の入札・契約制度とプロポーザル方式 ──その今日的な問題を考える」

  • エクサウィザーズ プレスリリース「exaBase 生成AI for 自治体、全国53%にあたる25の都道府県庁で導入・利用が進む」(2025年)

  • イマクリエ プレスリリース「exaBase 生成AI for 自治体 LGWAN環境で静岡県川根本町が利用開始」(2025年10月)

  • 川根本町「令和7年度 川根本町 生成AIサービス導入業務 公募型プロポーザル実施要領・仕様書」(対応LLM12モデルの具体名を記載)

  • 荒尾市「生成AIサービス提供業務 簡易型プロポーザル方式の実施結果」(応札3社以下と明記)

  • 珠洲市「珠洲市生成AIサービス提供業務に係わる公募型プロポーザル」

  • 福島県「生成AIサービス導入支援業務 公募型プロポーザル」審査結果

  • イマクリエ プレスリリース各自治体導入発表(成田市、御前崎市、大宜味村、三芳町、南あわじ市、半田市、奈良市、郡山市、田村市、おいらせ町)

  • FIXER プレスリリース「GaiXer、LGWAN ASPサービスに登録」(2025年1月)

  • アライズイノベーション「AIRealize on LGWAN」サービスページ

  • シフトプラス プレスリリース「自治体AI zevoの独自AI機能(RAG機能)を令和7年度より無償化」


※本記事は特定の企業を批判する意図はありません。

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