「レンズ越しにみた4年間」
みなさま、こんにちは。
コンテスト「#今年学んだこと」に、たくさんのご応募をいただきありがとうございました。
結果発表までの期間、「#今年学んだこと」にちなんだミニ企画を行います! 第1弾は「偏愛のススメ」。
今回ご寄稿いただいたのは、國學院大學文学部日本文学科4年の大竹莉子さんです。
大竹さんは、これまで学業のかたわらサークルの広報および入学課の学生アドバイザーとして、学内のさまざまな写真を撮ってきたそうです。
卒業を控え、この4年間の「偏愛」について語ってくれました。
きっかけは、ときどき抱えさせてもらった父の一眼レフカメラ。
それと、小学生のときに、親が与えてくれたデジタルカメラ。
カメラの存在が身近だった私が、写真が好きになるのは自然なことだった。
この「カメラ」が、神道と関わる切り口になるなんて思ってもみなかったけれど。
大学に入学して、気になって入った神輿サークル若木睦。國學院大學の学園祭である若木祭での神輿渡御(*1)の運営を中心に、全国の祭礼のお手伝いをするサークルだ。
*1 神輿渡御……神社から神輿を担いで地域を練り歩き、ご利益を人々に届ける儀式のこと。
「写真撮るのが好きなんです」と先輩に伝えたら、あれよあれよという間にサークルの広報に。そして、神道文化学部が主催する大学行事である観月祭の記録係になった。

撮影:大竹莉子(以下同)
コロナ禍で広報活動があまり必要のなかった時期が明け、記録や広報が必要になっていた。そんなときに記録係になり、のちに広報として独立した。
すべてが手探りだった1年目。何をどう撮っていいのか、どこまで撮っていいのか、何を撮るべきか。でもすごく楽しかった。
広報として部署が独立し、統括になった2年目。責任と仕事が増えた。観月祭が神事であることも実感し、いまは写真を撮るべきなのか?という直感的な疑問が生まれる瞬間が増えた。葛藤のなかで「迷ったら撮らない」と決めた。
良くも悪くもこだわりが生まれた3年目。関わる人や知り合いが増えたり、演目ごとに撮影の位置を変えたりと、自分がどこにいるべきかを考えた年だった。
次に引き継ぐ4年目。インタビューを受けたり、今まで自分がしてきたことを言語化したりすることが増えた。どれだけ自分が周りに恵まれてきたかを実感した。
広報がいなくても行事は成り立つ。でも、その場にいる意味を探ってきた。

サークルでも撮影を担うなかで、4年間をかけて少しずつカメラを持った自分の立ち位置を大事にできるようになってきた。祭りの面白さは、当事者にしかわからない。だから私は、その場の熱量や視線、表情を切り取っておきたかった。

若木睦でも、広報として多くの写真を撮影してきました。
行事やサークルの広報だけでなく、入学課に所属する学生アドバイザーとしても、いろいろな写真を撮ってきた。オープンキャンパスの写真や、SNSの素材写真。土曜の朝早くから、ひとのいない学内の写真を撮ったのが懐かしい。レンズ越しにどれだけ大学を見てきただろう。


どれだけウチにいても、ソトの視点でいる、というのが性に合っていたのかもしれない。専攻している民俗学も、そんな性格を持っているように感じる。
なんかいつも現場にいるし、忙しそうだよね、と周りから言われる。私にとって最大の誉め言葉だ。原動力は「楽しいから」。あとは、「みんなの表情を撮るのが好きだから」。
あくまでも写真の技術は“趣味レベル”だ。でも4年間、この場所でファインダーを覗いてきた。きっと私が1番いい写真が撮れる。
春から社会人。相棒は変わらず、肩にかかっていると思う。
大竹莉子(おおたけ・りこ)
文学部日本文学科4年(2026年3月卒業)。小学生のとき、デジタルカメラに出会う。大学入学後、サークルの広報担当として活動の様子を撮影。以来4年間「ソトの視点」で、國學院大學の魅力を切り取り続けてきた。
趣味:読書とカメラ
学んでいること:民俗学
